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第36話

都内の繁華街に近いにもかかわらず来客のあまりない新宿支署であるが、この日は来客があった。警察庁の特殊部隊を率いる一條警視である。過去に次元間ワームホールが発生したり巨大生物が出たりする度に顔を合わせた間柄であり、調整課を通さず話せる警察サイドの窓口的存在でもある。

「実は先日事件が起きまして、科特庁さんにも無関係とは言い難い案件ですのでお伝えしておこうと思いまして…」

関係機関同士の横の連携は、現場を与る者にとっては必要不可欠なものである。

「そうでしたか。どのような事件です?」

「先日、警視庁のG5Xチームが不審な強化人間と交戦しました。本格的に武力衝突したわけではありませんが、加賀美警部補と氷川警部の二人がかりでも押されたということで相当な実力者ではないかと推測されます」

二人ともG5X部隊での活動期間は極めて長く、かなりの実力者である。その二人を圧倒する実力となると、もし敵なら相当に苦労が予想される。

私が腕組みをして難しい顔をしていると、一條警視は1枚のDVDを取り出した。

「これは氷川警部機の頭部カメラの映像です。そちらの本庁にも同じ物を送らせていただきます」

早速パソコンで映像の再生を開始する。そこに映っていたものとは—

「…これG5Xですよね。それも現行機じゃなく旧世代のG5X2だ」

現在は警察・自衛隊・科特庁の3機関が共通運用しているG5X3だが、その前身機に相当するG5X2は自衛隊には配備されていなかった。科特庁の機材も警察からレンタルされた数体のみであり、最高傑作と称されるX3に比べるとやや影の薄い機種である。

「正規のX2は現存しません。X3への置換に際して全て廃棄してX3建造の材料にしましたからね。この機材は何者かがデータを持ち出して作ったデッドコピー品ということになります」

一條警視は困ったことになった、と言いたげな表情をしている。仮にデータが盗み出されたとしても、G5Xシリーズは材質が極めて特殊であるため完全にコピーすることは不可能である。ということはここに映っているのは劣化コピーのはずなのだ。

私は科特庁への試験導入に立ち会ったのでG5X2のことはよく覚えている。警察機材特有のブルーメタリックの装甲に赤い複眼式カメラアイ。警察仕様のX3と外見はよく似た機材だった。

だが、映像に映っていた機材は明らかに外観が違う。白い装甲、黄色い複眼式カメラアイ、そして特徴的な黒いマント。そしてベルト周りにはメモリか何かを挿入するのか、意味深なスロットが存在している。

一條警部が帰った後、映像解析を行っていた本庁から連絡が来た。科特庁サイドでも、やはりG5X2の運用記録に該当する機材は無かった。だが本庁の事務職員で、そのX2を見た覚えがあるという人がいたという。

1時間後。本庁から来た「G5X2に見覚えのある人」を迎えた私はちょっと驚いた。立派な三角耳にふさふさの尻尾を持っていたのだ。人間ではく狐娘だったとは…。年のころは茜ちゃんよりもさらに年長で、23歳くらいだろうか。栗色の髪に藤色の瞳は典型的な日本在来型の狐娘の特徴だ。

「こんにちは、本庁広報課主事の杜若と申します」

「単刀直入すぎて失礼は承知ですが、お話いただけますね?」

私の無粋過ぎる質問にも柔和な表情を崩さない杜若嬢。まだ若いのに中々人間が出来ている(いや狐娘が出来ている?)。

「はい。私は物心ついた頃に変な財団に引き取られました。妖怪の力を妖怪メダルを介さずに人間に反映させる研究をしている財団で、私も狭いところに閉じ込められて飼われていました。あの仮面の戦士…たしか門原さんと名乗っていましたが、あの方が来て財団の施設を破壊してくださったのです」

杜若嬢の表情が徐々に硬くなってゆく。思い出したくない記憶なのかもしれない。

「施設は破壊されて私達研究素材は自由になったんですが、財団の連中は私達の体内に時限爆弾を仕込んでいました。私は爆弾が不発で助かりましたが多くの仲間が命を落としました…」

杜若嬢の記憶を解析している私もだんだんと気分が悪くなってきた。研究データを守るための処置なのだろうが、妖怪も亜人も生きている仲間だ。命を何だと思っていやがるんだ…

「その後私は行き倒れていたところを科特庁の職員に保護されました。門原さんがどこへ行ったのかはわかりません。でも間違いなくあのアーマーを身に着けていました」

警察にも協力を依頼し、ようやく門原氏の情報にたどり着いたのはその日の夕方であった。併せて問題の財団についても情報を収集していたので、些か時間がかかりすぎてしまったのである。門原氏は32歳。元々我が庁の前身である科特隊にいたが組織での活動では自由が利かないと退職。財団が新規開発を進めていた強化スーツのテストパイロットに選ばれたということらしい。

問題は財団の方である。表向きは妖怪や亜人向けの薬剤の研究を行う財団だが、裏では危険な実験を多く実施している疑惑がある他、ハッカーを雇って科特庁や自衛隊サイバー攻撃を繰り返していた疑いを持たれている。コイツらがG5X2の研究データをハッキングして、デッドコピーを作っていたのかもしれない。財団自体は科特庁の監査を受ける直前に解散しており、関係者の消息はわかっていない。

私は例によって東京中の思考を閲覧してまわり、とうとう門原氏を発見した。彼の思考から読み取れたものは2つ。財団において爆殺を主導した者への復讐心と、何を以てしても埋められるかわからない喪失感であった。

「あ、門原氏は財団関係者のアジトを知っているようですね。現場に行きましょう。杜若さんもご一緒願います」

私達が到着する少し前。新宿駅にほど近い廃ビルの一角で二人の男が睨み合っていた。片方は灰色の総髪を持つ30代の男、つまり門原氏である。もう一人は陰険そうな目つきをした初老の男。かつて財団の研究主任を務めた、Xと呼ばれる男だ。

「久しいなX…今日こそ因縁を終わりにしよう」

そう言い放つと門原氏はベルトを起動し、1本のメモリを挿入した。俗にエターナルメモリと称されるデバイスで、本来型落ち機のはずのG5X2を最新鋭機並みの性能に引き上げるものだ。

「それは無理だな」

Xは不敵に言い放ち、彼が妖怪達から—妖怪の命と引き換えに—集めてきた錠剤を一気に体内へ流し込んだ。デバイスを介さず、直接力を人体に取り込む薬物。それこそXが追い求めてきたものだったのだ。

両者の攻防は一進一退の状況が続いている。X2は旧式であるため、重火器が装備されていない。そのため改造されたエターナルX2であっても格闘戦が中心になるのだ。一方、Xは河童の甲羅の力を引き出す薬物を使用した。これによって自身の周囲に疑似的に装甲を作り出しているのだ。エターナルX2は徐々に出力が減少し始める。

「エターナルX2、いや門原。口ほどにもないな」

ほくそ笑むX。と、そこへ

「未熟未熟未熟未熟~!!」

と叫びながら完全装甲態の闘鬼が突入してきた。Xの疑似装甲は闘鬼の拳一発で粉々に砕けてしまった。そこへエターナルX2が飛び蹴りを叩き込み、Xに致命的な打撃を与えることに成功した。

「門原さんだっけ?とりあえずコイツ殺すのに協力するから科特庁に戻りませんか?」

呆気にとられた様子の門原氏に話しかける豊之内。

「いや…俺はコイツらの財団から誰一人救えてねえ。今更どの面下げて戻れというのか…」

門原氏はどうあっても戻る気はなさそうだ。

「いえ…門原さん、貴方は私を救ってくれました。それだけはどうか忘れないでください…」

杜若嬢が割って入る。門原氏との再会は7年ぶりくらいだろうか。だが成長した姿であっても、門原氏に思い起こさせることは出来たようだった。私は門原氏の記憶の中の喪失感が、一部ではあるが消えて行くのを確認した。

「ふん…くたばり損ないの狐の化け物か。今度こそ爆発して死ぬがいい」

死の一歩手前にあるXは最後の力で杜若の体内の不発弾を起爆させようとする。だがいくら念じても爆弾は作動しない。

「今時2進法の起爆コードなんてチンパンジーでも解除出来ます。魔法の基礎研究を軽んじましたねえ?」

私は杜若嬢の体内から摘出した爆弾を持って登場する。そして驚愕の表情を見せるXの前で、その爆弾をバラバラに分解してみせた。

「貴様っ!なんという非道n」

スペシウム光線!!!」

Xの声は聴くに堪えなかったので、私は大火力光線でさっさと焼き払ってしまった。

「狐のお嬢ちゃん、すっかりデカくなったな。ずいぶんと美人になったものだ」

目を細める門原さん。しかし私達の「科特庁に戻って」というオファーには応じられないということだった。せっかく手に入れた自由だから、と彼は笑った。今後もエターナルX2として、流浪のヒーロー稼業を続けるつもりだという。私は餞別がわりに、X3のパーツを使用してエターナルX2の装甲や出力を強化して彼に託した。

元をたどればコピー品とはいえ、今や唯一のG5X2である。今後も活躍してほしい。杜若嬢も門原さんに昔の礼を述べている。我々科特庁と彼は手段は違えど、人間と妖怪や亜人の共存という目的は同じである。

支署に戻ると深夜2時を回っていた。上で寝静まっている葵ちゃん達を起こすのも悪いので、私と豊之内は深夜の銭湯へ繰り出していった。

つづく