場外戦1

特生自衛隊の歴史は長い。半世紀ほど前に自衛隊が発足した当初は陸・海・空の3軍から構成されていたが、発足から間もなく首都圏を襲った巨大生物災害を機に有害な特殊生物の駆除を目的に設立されたのが特生自衛隊である。

で、私はその特生自衛隊に所属する権堂特佐だ。正式には1等特佐、「特生自衛隊の」「1等佐官」つまり軍隊における大佐というわけだ。自衛隊は軍隊ではないというタテマエ上大佐と名乗るわけにいかないのだ。職務は南関東第2大隊長、東京と神奈川の怪獣退治を指揮している。

4つの自衛隊のうち最後発の特生自衛隊は市ヶ谷の本省ではなく練馬の駐屯地に間借りしている。なんだよ練馬って東京のくせに農地だらけだし牧場はあるし…まあ私は職業柄田舎は特に気にならないが。

駐屯地で筋トレをやっていたら本庁から呼び出された。テレビ画面越しに、指令を寄越してくる50手前のおっさんの顔が見える。おっさんの名は池元。階級は特将=特生将官つまり軍隊でいう所の大将だ。役職は幕僚長。要するに特生自衛隊で一番偉いおっさんということだ。

「権堂一佐、急な案件で悪いが大田区川崎市間の多摩川河川敷で巨大生物の目撃報告があった。科特庁から来た資料を転送してあるから確認してくれ」

いかつい風貌の割に池元のおっさんは物腰が柔らかく紳士的だ。科特庁というのは8年ほど前に発足した官庁で、まあ魔法だったり亜人だったりといった「普通の役所が扱わないほどバカバカしい案件」を扱う所だ。ここの関係機関調整課と、駐屯地を管区に含む新宿支署の職員とはよく顔を合わせる。

「はあめんどくせ…」

私はテレビ画面の電源を落とす前にウッカリ口を滑らせてしまった。池元のおっさんにバッチリ聞かれてしまった。

「そういうな、仕事なんだから」

池元のおっさんは苦笑している。通信を切り、パソコンの受信ボックスを見ると科特庁から資料が来ていた。添付されていた写真を見ると、明らかに見覚えのある怪獣とも動物ともつかない物が写り込んでいた。ケツァルトルと呼ばれる異世界産の小型怪獣だ。通常はインドサイ程度の大きさのものが多いが、今回のは後ろの風景から察するに明らかにデカい。全長は恐らく15メートルほどといったところか。

「確かにデカいけど、この程度なら警察に任せりゃよくねえか?G5X出せば対処出来ないサイズじゃねえだろ」

私は傍らにいた副官の吉田に質問をとばす。吉田は特殊車両の操縦を専門にする男で、趣味が筋トレという筋肉信者だ。彼のチームは全員筋トレマニアなので、筋骨隆々な古代神話の英雄になぞらえて「ハーキュリーズ」と呼ばれていたりする。階級は3等特佐だから軍隊なら少佐だ。

「警察は県を跨ぐ場所だと調整に手間取りますからね。今回はちょうど東京と神奈川の間ですから」

肩にバーベルを担いだまま答える吉田。なぜ隊長執務室でまで筋トレをしているんだコイツは…

「じゃあ科特庁はどうだ?あそこもG5X持ってるだろ」

「管轄の品川支署にはG5要員がいないそうです。いいじゃないですかここで実績作っとけば来年の予算強気に要求できますし」

ダンベルを持ち上げながら吉田が笑う。

河川敷は草が生い茂っていた。ススキの類は背丈も高く、3~4メートルはあるだろうか。ケツァルトルが姿を隠している可能性は低くない。私が送り込んだ隊員達は慎重に草原をかき分けて進んでいく。

「いたぞ!」

隊員の一人が通信機を通じて叫ぶ。各隊員は怪物との距離を一定に保ちつつ後退してくる。私はその様子をハーキュリーズの運転する車両の中から眺めていた。ほどなくして問題のケツァルトルが姿を現した。なるほどデカい。大型バスくらいのサイズはあるだろうか?

「こちらゴリラ1、射撃の可否を問う」

隊員は10名ずつユニットで行動している。それぞれのユニットはユニットリーダーの苗字の頭文字の名詞で呼ばれるのが慣習であった。ゴリラは後藤一尉が率いるユニットなので、頭文字のGからゴリラと呼ばれている。同様に佐々木一尉率いるユニットはスネーク、田代一尉ならタイガーとなる。

「こちら本部、射撃を許可する」

私の指示一つで各隊員が一斉に射撃を始める。ケツァルトルはデカいし獰猛な性格なのだが、身体の構造は大型哺乳類とあまり変わらない。特生自衛隊ならG5Xチームを動員するまでもなく対処可能だ。戦車の装甲さえ貫通する大型機銃の一斉射撃を食らい、巨大ケツァルトルは数分で倒れた。

「総員、合掌」

ケツァルトルは好き好んでこの世界に現れるわけではないし、快楽のために人に危害を加えるわけでもない。コイツを死なせるのは人間側の都合だ。死者には常に礼儀を以て接しなければならない、特に私達軍人(法解釈上は自衛官は軍人ではないが)は尚更だ。私の合図で全隊員がケツァルトルの亡骸に手を合わせた。

「兄さん、お疲れ様です」

亡骸は科特庁の巨大生物研究局が引き取る。科特庁のトラックから降りてきた白衣を着た若い女性は巨大生物研究局の権堂千夏博士―私の妹だった。

「おお千夏か、ケツァルトルの研究は進んだかい?」

「何とも言えないわ。少なくとも身体の組成は私達の世界の哺乳類とほとんど変わらない。ワームホール経由以外にどうやって現れるのか分かれば対策の立てようもあるんだけど…」

妹の乗ったトラックとは反対方向へ発車した車内で携帯電話を見ると、いつの間にかメールが来ていた。差出人は黒木1等特佐、私の同期だ。

「今日横田に寄港だから飲みに行こう。黒木」

メールの文面は彼の性格を反映して素っ気なかった。黒木は第3特殊航空防衛戦隊の隊長を務めている。特殊航空機スーパーX3を主軸とした、対巨大怪獣戦の切り札となる部隊だ。軍隊における空母や戦艦と同様、スーパーXは1機1機が独立した部隊を構成している。そのため、黒木の職務は早い話がスーパーX3の機長というわけだ。スーパーX3は普段は新千歳を母港としているが、今日は横田にいるということは恐らく米軍との共同訓練か何かがあったのだろう。

ハーキュリーズの運転はいつも荒っぽい。私はひとまず練馬の駐屯地に戻って報告書を作らなければならない。ケツァルトルとの戦いよりも過酷なハーキュリーズの車両での移動をこなしながら、私は報告書の文面を考えなければならないのだ。

つづく?