第43話

3月も気が付けば終盤である。「1月は逝く、2月は逃げる、3月は去る」とはよく言ったもので、この時期はとかく多忙でいつの間にか新しい年度が目前まで迫っているものである。

「スギ林を日本から叩き出せ~!」

神木田さんの謎のシュプレヒコールがこだまする。原因は言うに及ばず。花粉症の猛威の前には普通の人間も魔法使いも等しく鼻を詰まらせ、目の痒みに悩まされるのだ。かくいう私も花粉症の影響からは逃れられず、抗アレルギー剤が手放せない日々を送っているのだが。

それはさておき、人事異動の内示が正式に発表されるのがこの時期である。新宿支署を離れる面々は既に内々に通達を受けていたので、特に驚くようなことはなかった。私は神楽坂を通じて本庁に異動の再考を依頼していたが、残念ながら一介の統括係長の意向では変更には至らなかった。

事前に通知のあった秋山係長(→関西方面本部)、洲本さん(→世田谷支署)、ホリ隊員(→G5統合作戦部)は転勤に備えてデスク周りの整理を進めている。

「おい島やん、俺は今から今度異動でウチに来る職員と面談だからな。今日の業務はヨロシクゥ」

とだけ言い残した米長コマンダー、さっさと会議室へ入ってしまった。

新宿支署は以前にも述べた通り、次年度から組織構成が変わるため職員数は増加することになる。必然、3人転出すれば4人以上転入してくるというわけだ。既に名簿で確認できているのは4人。そして(新採)としか記載されていない枠が3名分あるが、宮前さんの妹の詩織ちゃんと狐娘の葵ちゃんは内定しているので、全くの新人は一人しか来ないのである。

名簿で確認できる面子の一人目は言うまでもなく神楽坂庭夫課長である(4月1日付で統括係長から昇任)。2年ぶりに新宿支署に復帰するこの男については多くの説明は必要ないだろう。

二人目は北支署から秋吉亮統括係長。本来は世田谷支署に転任する予定だったが、秋山係長を強奪された補償として?新宿支署へ来ることになった。その際に課長ではなく統括係長のままであり様々な憶測を呼んだ。6級職=課長への昇任面接で人事部長を殴って昇任選考で落ちたというウワサもあったが、これは本人が否定している。4月からは秋山係長の後任として第2係長を務め、統括係長として署内の庶務担当も兼任することになる。4月から同じ統括職に昇任する豊之内と共に実動部隊のまとめ役として期待したい。

三人目はルーク・ブラトベック主事、どう見ても外国人のような名前だが親の代から帰化しており、れっきとした日本人である。決して自分を欧米人だと思っている異常者の類ではない。白人っぽい顔立ちの22歳の男で、先祖はカリフォルニアのオレンジ農家だったらしい。ちなみに実家は小田原の方のミカン農家である。新採後は広報部にいたのだが、内勤に飽きてこっちへの異動を希望したらしい。女性恐怖症との噂もあるが、果たして女性隊員の多いこの支署でやっていけるのだろうか?

それから以前の洲本さん異動の時に実質的にトレードのような形で転入の決まっていた藤岡富士夫主事である。戦鬼『吹雪鬼』の名跡を持つ彼を加え、新宿支署は関東で最多の戦鬼を抱えることになった。これならG5部隊なしでもどうにかなるかもしれない。まあ必要になったら容赦なく出動要請するのだが。

人事の打ち合わせを終え、私は歌舞伎町の飲み屋へ繰り出した。特生自衛隊の権堂一佐らと飲み会を企画していたのである。飲み会の席で怪獣や怪物への愚痴をこぼしているのは、多分日本では特自隊員か科特庁職員くらいだろう。特自では来期は装備の大規模改修でかなり忙しくなるらしい。

「いよいよスーパーXの後継機導入にゴーサインが出ましてね」

と権堂一佐。確かにスーパーXは1号機の機齢が30年を超えており、最新機であるX3でさえロールアウトから20年以上が経過している。定期的な改修更新を行っているとはいえ、対怪獣防衛の最後の砦が老朽機材では不安である。

「それは結構なことです。建造は篠原重工業ですか?」

篠原重工は国内の特殊メカニック最大手企業の一つである。警察に多用途ロボット『パトレイバー』シリーズを納入していることで有名であるが、スーパーX系列を筆頭に特生自衛隊の装備品供給にも昔から参加している。国内では他にG5ユニットの製造を請け負っているスマートブレイン社があり、特殊メカニック企業としては篠原重工と双璧をなしている。なお近年では鴻上ファウンデーションがシェアを伸ばしており、三つ巴に変化しつつある。

「今回は分担生産だそうです。機体の大枠はAEジャパン、エンジンは篠原重工、操縦補助ソフトは鴻上、武装はスマートブレイン、最終的な艤装は特自技研でやるんだとか。なにしろ一気に3機を導入するんでね、1社じゃまかないきれませんわな」

と権堂一佐。ちなみにAE=アナハイム・エレクトロニクス社は米国最大の特殊メカニック製造企業で、AEジャパンはその日本支社である。

「随分思い切った入れ替えをしますね…現行機は解体ですか?」

「いえ、1号機と3号機は原発救難用に運用が変更されます。元々そういう事態を想定されて開発された機材なんで、まあ30年経ってようやく本来の運用に戻る形ですな」

2号機は壊れるまで運用継続です、と権堂一佐は付け加えた。隣の卓ではスギウラさんに上手くはめられて酒を飲んでしまった熊谷さんが顔を真っ赤にして宮前さんに絡んでいた。なるほど熊谷さんは酔うとああなるのか、と私は一つ学習した。宮前さんは熊谷さんに眼鏡を強奪されて困惑していた。

「流石に自衛隊は怪獣退治に理解があって羨ましいですよ。ウチじゃG5部隊はいまだにイロモノ扱いされてますからね」

冒頭の乾杯以来ひさしぶりに口を開いたのは警察庁G5運用監理官の神戸警視である。年の頃は40前後で米長さんと同年代だが、見た目はもっと若々しく見える。気障ったらしい色男だが言動に嫌味な部分はまるで感じられない。育ちが良いのだろう。尤も本人曰く「警視庁に出向していた頃、名探偵の如き頭脳を持つ性格最悪な上司に振り回された結果何事にも動じなくなったおかげ」らしい。

「おかげで一條くんは気苦労が絶えないそうです。僕は監理なので今更なんとも思いませんけどね」

爽やかな笑みを浮かべて神戸警視が続ける。

「ま、何にせよ新年度も上手くやっていきましょう。もちろん今の職場に不満があれば科特庁はいつでも貴方達を熱烈歓迎しますよ。何しろ人手不足ですから」

冗談半分、しかし半ば本気で勧誘する私。神戸さんは「契約金次第で考えます」と笑いながら答え、権堂さんも「行く時はウチの連隊全部連れて行くんで」と笑っていた。そんなこんなで3機関合同飲み会はお開きと成り、皆思い思いに家路についた。今年度も気づけばあと一週間しかないのだ。

つづく