第0話

犯罪者を捕まえるのは警察の仕事。侵略者を倒すのは軍隊の役割。じゃあ魔物や怪物と戦ってる魔法少女や退魔師の社会的身分はどうなっているのか?今回はその手の勢力が公務員としての身分を有する世界線でのおはなし。

新宿区と中野区の境目らへん、神田川の近くにある鉄筋コンクリートでできたビル。いかにも「お役所でございます」とでも言いたげなその建物こそ私の職場である。役所と言っても、証明書の発行業務も行なっていなければ生活保護も扱っていない。警察や軍隊が扱わない、もしくは相手にするのもバカバカしい案件を処理するための出先機関。大体そんな感じの所である。もう少し詳しく言うと魔法使いを統括する魔法庁、陰陽師や退魔師を統括する神祇庁、それに警察庁や防衛省に思い思いに散在していた人外の存在に対応する部署などが統合されて出来た特殊機関、科学特捜庁の新宿支署。それが私の職場である。

「おはようございます」

庁舎に入ると一人の女性職員、熊谷さんと挨拶を交わした。熊谷さんはスラリとした痩躯に真っ直ぐな黒髪、切れ長の目をした20代前半くらいの女性で、魔力と剣術を駆使して何かウニョウニョした怪異と戦う退魔師(というか、20世紀後半に皆が知っている魔法少女が出現するまでは日本で最もスタンダードな魔法少女だったタイプの魔法師)である。しかし剣術を使う魔法師としては珍しく左利きであり、その珍しさと美貌から界隈では知らない者はいなかった。

「おはようございます熊谷さん。宮前さんは遅刻ですかね?」

「ええ、先程電車が多摩川を渡ったそうですよ」

宮さん、すなわち宮前さんは熊谷さんとコンビを組む魔法師である。こちらは小学生にして魔法少女としてデビューした後順調にキャリアを積み、数年前に正式に魔法師になったベテランである。栗色の巻き毛に大きな瞳を持ち、黒縁の眼鏡をかけたこれまた20代前半くらいの女性で、21世紀の初頭から実用化された、コンピュータを使って魔術コードを組み上げるデジタル・アナログ併用式魔法(日本では現代魔法という呼び名が一般的だが)の使い手である。

時間に厳しく几帳面な熊谷さんと万事適当で成り行き任せな宮前さんだが、いざ実戦の場に出ると息のピッタリと合った連携を見せる、我々の署のツートップである。

熊谷さんと別れ、庁舎内の自分のデスクのあるフロアへ向かう。とりあえずタイムレコーダーに職員証を通した後、奥の署長室へ挨拶に行く。尤も我々の組織は警察署でも税務署でもないので、署長と呼ぶことはなくもっぱら「コマンダー」と呼ぶのが慣習になっているのだが。

「おはようございます、コマンダー

「おう、おはよう。今日も東葉高速が止まりやがってよお、朝から災難だったよ」

「ありゃ、またですか。今日も人身ですか?」

「いや、線路内にピーナッツが繁茂しちゃってさあ、除去するのに一晩じゃ終わらなかったんだってさ」

米長コマンダーは40歳になんなんとするベテランのウィザードである。ウィザードってのは要するに魔力の源となるもの(マナ・ソース)を媒介にして魔法を撃つタイプの魔法使いのことである。米長さんはその中でも最高位の存在とされる大魔道士で、40歳で大魔道士になるというのはかなり珍しいことらしい。伊達にコマンダーを務めているわけではないのだ。

次回は実際にちゃんと仕事をしている所とか、我々の署の他の構成員について書いていきたいと思う。次回があれば、だが。

(つづく)