第39話

年が変わっても、年度が変わるまでは3か月ばかりタイムラグがある。誰が決めたのかは知らないが、少なくとも日本では昔からずっとこのルールが採用されているのである。特に我々の勤める官庁では。

正月の連休が明け、出勤すると皆ぼ~っとしている。

「いや~カミさんの実家行ったらお年玉を絞られましてねえ…」

と愚痴をこぼすのは秋山係長。

「酒を飲みながら駅伝走者と20キロ並走したら警察に職質されました。ちゃんとジャージ姿だったのに…」

とは坂上の言葉。腐っても戦鬼界のエース候補である。

「やあやあ諸君明けましておめでとう。今年もよろしくな」

米長コマンダーは甘酒のパックを持って現れた。職場で酒盛りは出来ないので(約1名常習犯がいるが)、甘酒で新年を祝おうということか。

「さて新年早々に恐縮ですが、科特庁の主催で魔法師技能選手権という大会が開催されることになりました」

私は自分のパソコンに来ていた通知メールの内容を読み上げる。魔法師の技能向上を目的とした模擬戦は魔法庁の時代は頻繁に行われていたが、見世物的な面が強く「若い女性魔法師を見せて金を儲けている」との批判が強かったため魔法庁解体後は行われてこなかった。

「新宿支署での推薦枠は3名です。宮前さん妹、一之江さんと鹿島さんは学校の方で枠があるので他の方で参加を希望される方いますか?」

「私出ます」

珍しく積極的に手を上げる宮前さん。妹への対抗心があるのだろうか?

「え、宮前さん出るんなら私も…」

と熊谷さん。まあこの二人は新宿支署の看板的な存在なので妥当な人選と言えよう。残りの一人をどうするか。矢吹係長は審判を務めるので出場できない。実力で言えばスギウラさんだが、タイプの取り合わせを考えると神木田さんという選択肢もある。経験を積ませる意味で島村さんでもいいし、二人との相性を考慮に入れれば白崎さんを選ぶべきだろう。

「美咲ちゃんも出るでしょ?」

熊谷さんの一言で白崎さんに決まった。

「大会の開催地は…青梅市高水山ですね。懐かしい山だ…」

私は高水山には個人的に良くない思い出があった。

まだ科特隊が科特庁に格上げされて間もなかった頃の話。私は当時主任の職層にあり、同期の神楽坂と共に青梅~奥多摩地区の警備担当であった。

「こんなクソ田舎で警備だなんてナンセンスな仕事だ。科特庁はいつから警察や自衛隊のお手伝いさんに成り下がったんだ」

軍畑駅近くの山道を軽トラックで走りながら愚痴をこぼす神楽坂。高水山の荒れ道を軽トラックで登って行く。

「組織体系が確立するまでの辛抱でしょう。元魔法庁の職員だってホモ卿に同調して叛乱に加わったのは半数程度ですから、その残党処理も必要ですし」

助手席の私はやる気なく答えた。英国の魔法師で煽動家だったホルデモット卿は、我々の間では略してホモ卿と呼ばれていた。尤も彼に同性愛の嗜好があったかどうかはわからない。

そのまま山道を進んでいくと、向こうから大型の動物が出現するのが見えた。私も神楽坂も、すぐにそいつの正体は分かった。ケツァルトルと呼ばれる、異世界から時々迷い込んでくる大型の猛獣だ。通常はカバやインドサイ程度の大きさで、性格はとても凶暴である。だがこの時に出現した個体は明らかに大きかった。

「…ケツァルトルってこんなにデカかったっけ?」

「いや、明らかに我々の知るケツァルトルの倍はありますね。何だこれは、たまげたなあ…」

だが問題は大きさだけではない。我々の眼前の大型猛獣は明らかに殺気立っていた。どうやら迎撃するしかなさそうだ。まず神楽坂が呪文を唱え火球を放つ。だがケツァルトルに怯む様子はない。続いて私が光線魔法を放つが、怪物の表面に少し傷を付けた程度で有効な攻撃にはなっていなかった。

この頃は神楽坂も私も自分の固有の魔術の研究がメインで、攻撃魔法は初歩的な物しか使うことができなかったのだ。その初歩的な攻撃魔法に刺激され、目の前の怪物はより殺気立っていた。

「あ~これヤバイかな?」

「ヤバイでしょうねえ…」

「島やん何か作戦ある?俺は一つ思いついたぜ」

「私も一つ思いつきました」

「「逃げる」」

私と神楽坂は乗ってきた軽トラに飛び込むと、一目散に逃げ出した。

「アイツ追っかけてきたな!マズイぜヤバイぜピンチの連続だぜ」

サイドミラーを見ながら神楽坂が叫ぶ。

「とりあえず自衛隊に通報しました。もっとスピード出してホラホラホラホラ」

私は携帯電話で特生自衛隊に通報を行い、初歩的な攻撃魔法で道に障害物を落としながら叫んだ。

かくして我々は特生自衛隊が到着するまで30分以上も山中を軽トラで逃げ回ったのであった。怪物はその後、駆けつけた特生自衛隊に倒された。

「アレも10年くらい前の話ですか。懐かしいなあ…」

回想する私をよそに、出場が決まった3人は打ち合わせと称して近場の喫茶店に出かけてしまった。

「まあ、いざとなったら熊谷さん達を勝たせるために私が水面下で他チームの魔法師達に干渉しますよ」

私はおよそ役人とは思えないド汚い提案をしたが、米長コマンダーに「そんなことしなくていいから(良心)」と却下されてしまった。

魔法師技能選手権は2月10日、ニートの日に開催されるとのことである。我が新宿支署の誇る3人の美少女(少女という年齢ではないが)魔法使いがどんな闘いを見せてくれるのか、実に楽しみである。

つづく