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第33話

SSのような何か

秋も終わりが近づき、我らが新宿支署でもようやく暖房の運転が始まった。国からは節電方針などというバカげたお触れが出ており、暖房も必要最小限の運転をするように、とのことだったが米長コマンダーの「うるせえ」の一言で普通に暖房運転できるようになった。

デスクに座ると何だかいつもと違っていた。暖房は普通に運転されているが、なにやら足元が暖かい。葵ちゃんが潜り込んでいるのかと思ったが、彼女はコーヒーを盆に載せてこちらへ歩いてきている。

「おはようございます、島畑先生」

挨拶の主は一之江さんだったが、彼女は杖を振って何やら魔法を展開している。どうやら暖房の温風(部屋の上部に溜まる)を下へ降ろす練習をしていたようだ。

「おはようございます。練習ですか?」

「気流の操作です。実調の場に出るまでに制御できるレベルにしておくようにと矢吹係長に言われました」

一之江さんは風系統の魔法を使う。一之江家は魔法の総合商社と言われた名門だったのだが、今は彼女の実家を含め傍流が残っているだけである。彼女の父は風魔法の名手であり、紛争時に中立を宣言して表舞台を退き現在は魔法学校の教師をしている。私も会ったことがあるが、突然変異的な善人と言われたほど温厚な人物であった。

「アリスちゃん、今日は貴方と私が実調です。準備して」

神木田さんの呼びかけに同時に反応する一之江さんと鹿島さん。神木田さんはバツの悪そうな表情を浮かべ、鹿島さんの方を手招きで呼び寄せた。ちなみに二人は学校でどう呼び分けられていたのか後で詩織ちゃんに聞いたところ「イッチーとカッシー」だったらしい。ネッシーの親戚かな?

実調場所は化け物頻出地として毎度おなじみの戸山公園であった。もう秋も終盤、流石に寒風吹きすさぶ中で愛をささやき合うバカップルも飲み会に興じるバカ学生もいなかった。『箱根山』と称される小高い丘を登る二人。眼下では子供たちがサッカーに興じている。

「今回は何が出たんですか?詰云ではないんですか?」

不安気な鹿島さん。神木田さんも魔法師としては駆け出しである。

「なんかガス状の化け物ですって。茶色いガス状の…あっ!」

答えながら前を歩いていた神木田さん、さっそくそれを発見した。報告と異なっていたのは、金属質のドラム缶のような殻に入っていたことだ。ちょうどヤドカリのように。

「とりあえず燃やす!」

神木田さんは叫ぶと杖を左手で振り上げる。温度の高い青い炎が標的を包み込む。およそ2~3分ほど青い炎を浴びせ続けた神木田さん。しかしドラム缶のような殻は表面に少し煤が付着した程度であった。今度は少し温度の低い、オレンジ色の炎を多方向から同時に浴びせる神木田さん。殻は熱を受けて若干膨れたようにも見えるが、中のガス状の怪物は特にダメージを受けた様子はない。

「硬いわね…」

やや困惑した様子の神木田さん。鹿島さんはちょっと泣きそうな顔をしている。

「か、神木田さんどうしましょう?本部から応援呼びますか?」

「いや、私に考えがあるわ。指示に従ってちょうだい」

怪物に悟られないよう、指示をヒソヒソと耳打ちする神木田さん。鹿島さんが指示を受けて少し離れると、ガス状の怪物はそちらの方向へ追尾しようと殻から出てくる。

「させない!」

神木田さんが炎を打ち込むが、怪物は炎が到達する前に殻に戻ってしまう。神木田さんはそれでも構わず炎で延々と殻を炙り続ける。炎の色がオレンジから青に変わるが、やはり殻は微動だにしない。神木田さんの魔法力が不足してきたのか、再び炎がオレンジ色に変化し始める。

「今よ!」

神木田さんはそう叫ぶと突然炎を止めた。と同時に鹿島さんが杖を思い切り振った。すると怪物の直下から冷水が勢いよく噴き上がる。冷や水を勢いよくぶっかけられ、殻はベコッバキッと大きな音を立ててひしゃげた。ガス状の怪物は中から泡を食ったように飛び出してくる。

「逃がさない~!」

神木田さん、残された魔力を全て注ぎ込んだ青い炎をガス状の怪物に向けて放つ。逃げ場も隠れ家も失った怪物は超高温の炎の直撃をくらい、景気よく燃え上がった。周囲に栗の花のような強烈な臭いが立ち込める。

「「うっ、くさい…」」

二人とも思わずハンカチを口に当ててうずくまってしまった。ガス状の怪物は栗の花の匂いを公園中にまき散らして消滅した。鹿島さんにとっては初めての実調であったが、どうにか無事に終了した。ハンカチで口を押えて涙目になっている彼女にその実感があるかどうかはわからないが。

私は庁舎に戻ってきた二人から報告書を受け取り、目を通す。

「なるほど膨張係数の違いを利用して殻を壊したわけですか。考えましたね」

神木田さんに称賛の言葉をかけると、彼女は少し照れた様子であった。鹿島さんは臭いによるダメージからようやく立ち直ったらしく、照れた様子の神木田さんを見つめていた。

「ところでお茶にしませんか?洲本さんが京都の方からお茶請けを取り寄せたそうですので」

「へえ、羊羹とかですか?それとも八つ橋?味付き金平糖なら最高ですね」

顔を輝かせる鹿島さん。

「栗ですよ。なんでも有名な店の焼き栗きんとんだそうで…」

「「栗はもうイヤーっ!」」

神木田さんと鹿島さんの声が見事にハモった。仕方がないので私は寒風の中おはぎを買いに行った。

つづく