第34話
「ずん…ずんずん…ずんだ餅」
朝出勤してくると、妙な鼻歌が室内から聞こえてきた。何事かと思って入室するとデスクがずんだ餅だらけになっていた。その奥では宮前姉妹が物凄い勢いでずんだ餅を捏ねていた。
「えぇ…」
私も困惑するしかない。熊谷さんも洲本さんも呆れた様子だ。唯一坂上だけが、ずんだ餅を肴に酒を飲んでいた。その組み合わせは絶対に太ると思うが。豊之内は餅を搗いていたが、右手に杵を持ち左手で餅を捏ねていた。器用な奴だ…。
「気を取り直してミーティングをやります」
とは言ってみたものの、皆ずんだ餅の食い過ぎで私の話を聞いていない。仕方なく動けそうなメンバーを選んで打ち合わせを始める。ずんだ餅テロを起こした張本人の宮前さん…ではなく共謀者の詩織ちゃんと、遠慮してあまり食べていなかった一之江さん、そして胃腸の頑丈なスギウラさんの3名であった。
スギウラさんに調査場所、対象物などの情報を手短に説明し、3人を見送る。それほど厄介な相手でもないし危険な場所でもないので、すぐに終わるだろう。私はそう考えていた。
「詩織たち、中々帰ってきませんね…」
冬の東京は昼が短い。夕方も5時を回る頃には日没を迎え、周囲は既に夜の帳が降りつつある。妹のことが心配になってきたのか、宮前さんは朝とは打って変わって浮かない表情だ。直後、署内の電話が鳴る。だが電話の主は戻っていない3人ではなく本庁の神楽坂であった。
「夜分にすまんが、飯田橋にま~た詰云が出た。ちょっと職員を出してくれ」
私は出没したのがただの詰云であったことに安堵した反面、3人からの連絡がないことに流石に不安が募る。飯田橋には豊之内係長の指揮の下、宮前さん・鹿島さんとホリ隊員が出動した。
「流石に遅すぎるな…」
私もこれ以上放っておくのは不安になったので、3人を探しに行くことにした。徒歩で行っても良いが、万が一のことがあった時に3人を担いで帰るのは無理である。秋山係長に車を出してもらうことにした。
「葵ちゃんも来てください」
狐娘は嗅覚と聴覚は狐並みに優れている。暗闇で人を探すにはうってつけの人材と言えるだろう。夜は冷えるからと、熊谷さんが葵ちゃんにコートを羽織らせてくれた。
3人が調査に行っている場所は杉並区の外れの方、西東京市との境目のあたりである。道路はひどく混雑していたが、秋山係長は器用にすり抜けて進んで行く。人気の少ない路地に入ると、車の前にくっさいくっさい妖怪質糟(しちかす)が現れた。葵ちゃんの雌の匂いに釣られて出現したのだろう。怯える葵ちゃん。
「秋山さんちょっと車止めて。葵ちゃんは座席の下に隠れていてください」
私は新調したばかりの杖を手に車を降りた。質糟は女に飢えたキチ○イのような目でこちらを睨んでくる。私は杖に魔力を流し込む。従来の光線魔法は、杖の核で魔力を熱光線に変換していたのだが、ウルトラの星は単に変換するのではなく、宇宙元素を混合させることで威力を増幅させる力を持っている。従来のものとは比較にならない極太の光線を浴びた質糟は一言も発することなく消滅した。
「これがストリウム光線か…」
あまりの威力に撃った私自身も驚かされた。杖の核を変えるだけでここまで変わるとは思っていなかった。ウルトラの星、恐るべし。ゴミを片づけた私達は、再び車で路地を進んで行く。
「あっちの方角からスギウラさんの匂いがします」
葵ちゃんが右方向を指さす。そちらの方向へ車を走らせると、人気のない広場の奥に老朽化した公衆トイレが建っている。近寄ると途轍もなく臭いトイレであった。あまりの臭さに、葵ちゃんはタオルを何枚も重ねたもので鼻を覆って車の中に隠れてしまった。
トイレの脇の茂みから一之江さんが姿を現した。詩織ちゃん、スギウラさんも後に続いて続々と茂みから出てくる。事情を聞いてみると、敵のガスの怪物は問題なく倒したものの、その怪物の断末魔に放出されるイカ臭いガスを大量に吸い込んで気分が悪くなってしまい、さらに出かける前に食べたずんだ餅の状態が良くなかったためか3人して猛烈な腹痛に襲われたのだという。
「で、公衆トイレに入ろうと思ったら臭いし汚いし紙もないから藪に入って用を足してたってわけ」
とスギウラさん。年頃の女性がそれをやってはいけない…
「それでお尻はどうやって拭いたんですかね…」
私は不安になったので聞いてみた。幸いそのままということはなく、持っていたタオルとハンカチで拭いたあとスギウラさんの魔法で燃やしたとのことであった。
かくして3人を無事に連れ帰ると、心配そうな顔をしていた宮前さんの表情に安堵の色が戻った。宮前さんは妹を抱きしめようとして、臭いに気づいて一瞬躊躇する様子を見せたが、結局そのまま抱きしめた。
一之江さんは魔法師としてのデビュー戦であったが、戦闘の方はなかなか素晴らしいデビューとなった。しかし今日の顛末から「魔物に勝ってずんだに負けた」と揶揄されることになってしまうかもしれない。私は一之江さんの名誉の為に、今日の出来事を口外しないよう署内に指示を出した。
葵ちゃんは敏感な嗅覚でウ○コの臭いを嗅がされ続けたために気分が悪くなってしまったそうで、風呂から上がるなり布団に潜り込んで寝てしまった。茜ちゃんはそれを見て何かのアロマみたいな奴を撒き、葵ちゃんの横で一緒に寝始めた。姉妹とはそういうものなのかもしれない。
ドタバタしている内に深夜になっていた。私は残っていたずんだ餅をつまみ—その夜トイレから出ることができなかった。
つづく