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第20話

SSのような何か

「負傷した犬娘が運び込まれてきた」

科特庁の系列に属する中野区の病院から一報が入ったので、私はちょうど近くでの実調作業を終えたところだった秋山係長とホリ隊員に、その犬娘を新宿支署へ護送するよう指示をとばした。

犬娘。狐娘と同じく半人半妖の種族である。三角耳系統と垂れ耳系統、丸尾系統と長尾系統が存在し、またそれぞれの組み合わせで容姿が大きく変わるため、三角耳・長尾しかいない狐娘に比べると容姿は千差万別である。ちなみに同じ三角耳・長尾の犬娘と狐娘を比べると、狐娘の方が耳が大きく、犬娘は尾が巻いているという違いがあり、見分けるのは容易である。知能の高さはどちらも人間と遜色ないが、狐娘の方が人間社会への溶け込み度は高いかもしれない。

また犬娘は国・地域による差異が大きいのも特徴である。狼男(人狼)が多い北欧やシベリアでは犬娘は人間社会と交わらず、狼男と犬娘だけで社会を形成して野生でくらしているケースが多い。日本でそうはいかない。狼男は有史以前に絶滅に追い込まれてしまい、犬娘たちは繁殖のため人間の男と交わらなければならなくなったのである。そのため狐娘と同様、選択的淘汰が働き、日本の犬娘はおおよそ美人ばかりになってしまったのである。そのため世界的に人気が高く、狐娘同様に犬娘も科特庁の保護対象に指定されている。

なお日本人男性の女性の好みは時代とともに変化するが、現代の人気情勢を反映してか狐娘も犬娘もスラリと細身で胸が大きく、顔だちは目が大きく鼻筋スッキリで、色白の娘が多いようである。

「犬娘ですか。私もぜひ見てみたいですね」

そう声を弾ませたのは犬が大好きな熊谷さんだ。熊谷さんは犬も狐も好きらしく、宿直の時は必ず中庭で葵ちゃんと遊んでいる。姉の茜ちゃんはさすがに庭遊びをする年頃ではないので、ベンチに座って遊んでいる葵ちゃんを眺めていることが多い。

茜ちゃんと葵ちゃんは不思議なもので、実の姉妹ながら目の色も髪の色も性格も対照的だ。赤みがかったオレンジ髪に黄玉色の目の茜ちゃんはしっかり者でハッキリものを言うタイプだが、青みがかった銀髪に空色の瞳の葵ちゃんはちょっと天然で大人しい性格をしている。ただ寝相や飯の食べ方、色素以外の顔の作りはほとんど同じなので、やはり姉妹は姉妹なのだろう。

「私も犬娘さんの本物は今まで見たことがないんです。狐娘もお姉ちゃんと昔亡くなったお母さん以外見たことありませんけど」

と葵ちゃん。犬娘に興味があるのか、普段は下に下がっているフサフサの尻尾をピョコピョコと動かしている。日本では犬娘と狐娘は食生活や繁殖手段などが重複する競合相手であるため、地域ごとや場所ごとに住み分けている例が多い。そのため犬娘を見たことのない狐娘、狐娘を知らない犬娘も珍しくはないのである。例外は東京をはじめとする大都市圏くらいだろう。東京や大阪、名古屋など大都市圏ならば食料も繁殖相手の人間の男も有り余っている。凄いところになると犬娘と狐娘が仲良く働いているメイド喫茶も存在するくらいである。

「統括、新宿御苑にケツァルトルが出現しましたがどうします?」

電話をとった新城係長からイヤな報告が入る。ケツァルトルは獣とも妖怪ともつかない巨大な生命体である。尤も戦闘能力が取り立てて高いわけでもないので、新宿支署のエージェントならすぐに片づけられる相手ではあるのだが。

「豊之内係長と坂上くんに出てもらいます。それと一応、特生自衛隊にも応援要請をしてください。先週から配備が始まったG5Xユニットを実戦で試したくて現場がウズウズしていると池元幕僚長がおっしゃってましたから」

警察と科特庁の共同開発したG5X3だが、特生自衛隊でも巨大怪獣以外への対処を想定して購入を開始したのである。G5X3の生産ラインを維持したい警察・科特庁(及び製造メーカーのスマート・ブレイン社)と、新規開発コストを投じることなくパワード・スーツを調達したい自衛隊の思惑が一致したのだ。

豊之内と坂上が出動していくのを見送り、給湯室で麦茶を飲んでいると件の犬娘を乗せた車が到着した。秋山係長に連れられて入ってきた犬娘は、怪我らしい怪我は特にしていないようだった。年の頃は葵ちゃんと同じくらいだろうか。やや短めの黒い髪に濃い藤色の瞳を持つ、小柄だが元気の良さそうな少女だ。特徴的な三角耳はやや小ぶりで、フサフサの尻尾はやはりクルンと巻いていた。名前を問うと『陽』(ひなた)だと言う。その名に違わず明るい性格なのは表情を見ればすぐにわかった。

「負傷、と伺いましたがどんな怪我を?見たところ外傷はないようですが」

私が問うと、陽ちゃんは尻尾をちぎれんばかりに振りながら答える。

「なんかウニョウニョした赤黒い生命体に襲われたんです。お尻にくっ付いて中に入ろうとしてて怖かったのでそれを投げ捨てて病院に逃げ込んだんです」

それを聞いて茜ちゃんも顔をしかめる。何のことはない、野生の触手に襲われたのだ。触手は犬娘と狐娘にとっては共通の天敵である。彼女たちは人間の男を誘惑し、種付けに誘うことによって繁殖を行っている。詳しいメカニズムは不明だが、人間の精子と犬娘・狐娘の卵子が結合して繁殖すると、子は雌しか生まれず必ず犬娘・狐娘になる。彼女たちにとって人間は有益な存在であり、人間にとっては益も害もない。即ち片利共生の関係にあるのだ。

触手の場合はそうではなく、触手に種付けされた彼女たちは母胎を乗っ取られ、触手を出産させられてしまう。彼女たちにとって触手は益がないばかりか、出産の機会を奪われたうえに衰弱させられてしまうという害がある。即ち触手は犬娘・狐娘に対し寄生の関係にあるのだ。

「あ~なるほど触手ですか。それは災難でしたね」

私の同情の言葉にうなづく陽ちゃん。住居について聞くと、案の定今まではほとんど野宿に近い暮らしをしていたらしい。大きな自然公園などにテントを作って人目につかない場所で生活している犬娘は今でも少なくない。科特庁としては狐娘と同様、犬娘に関しても生活支援を行っているのだが、狐娘以上に犬娘は定住性が低い子が多いのも事実なのだ。

触手のトラウマで当分屋外での寝泊りは出来なさそうなので、陽ちゃんにはひとまず寮の空き部屋を貸してあげることにした。陽ちゃんは同い年の葵ちゃんに興味津々らしく、葵ちゃんも同年代の友達がいなくて寂しかったのか二人はすっかり仲良くなってしまったようだ。二人連れだって風呂に入りに行ってしまった。

そこへ豊之内と坂上が戻ってきたので、私は報告書を受け取り決済印を押した。上の階からは二人の少女の笑い声と、茜ちゃんと熊谷さんの話し声が聞こえていた。こうして新宿支署は、またしても居候が一人増えたのであった。

(つづく)