文章力リハビリ中

東京の街は、関東平野の真っただ中にあるにもかかわらず起伏の激しい地形をしている。東京は川の多い街だ。起伏に富んだ地形は、川の産物と言える。とりわけ山の手と呼ばれる地域は関東ローム層を川が削った痕跡が多く残る。

神田川は、東京にある河川の中でも特に有名な川の一つだろう。吉祥寺にほど近い井の頭公園を出た神田川は、杉並・中野・新宿・豊島・文京といった自治体に境界線を引くように流れて行く。早稲田から神田川を渡ると、目白台・関口に向かって崖のように大きな坂が横たわっている。古い町工場、屋敷、公園が共存する、昭和日本の化石のような土地だ。

その昭和中期で時が止まったような緑深き坂の石段を、息を切らして上がる男が一人。坂上逆子(さかのうえのさかこ)、26歳。坂の下の街・早稲田にある激ヤバ魔法学校、大隈魔術学院を卒業した魔術師の端くれである。

坂の中腹、石段の脇には古びた祠がある。それが何を祀っているのかは不明だが、朱塗りの鳥居もある。日中はちょっとした神社のようにも見えるが、今は夕刻…俗に「逢魔時」「黄昏時」と言われる時間帯だ。灰色の石段も、夕陽を反映してオレンジ色の輝きを放っている。

「この時間帯の坂道ってのは薄気味悪くていけねえ」

早稲田での要件を済ませた坂上は、別の要件のため都心へ移動しなければならず、坂を抜けて雑司ヶ谷へ行こうと考えていた。早稲田と雑司ヶ谷を隔てる神田川北岸の崖地には、この石段作りの坂と並行するように何本も坂があり、その多くはアスファルト舗装がされていて自動車が通行できる。そのため、この坂は日中でもなければそう人気のあるものではないのだ。

坂上はふと、坂の終点部に人影のあることに気付いた。逆光で表情を読み取ることはできないが、どうやら10代半ばくらいの少女であろう。陽光を捉えてオレンジに染まる長い髪は、おそらくは亜麻色か金色、ないし銀色であると推測される。まだ桜の咲きそろい始めた時期の夕刻には不釣り合いな、袖のない白いワンピースにサンダル履き、まるで夏の陽射しを想定したかのような麦わら帽子。

「ええ…寒くないのかアレ」呟く坂上

この日は確かに夏日ではあった。だが春真っ盛りの「夏日」と梅雨を越えた本物の夏は、暑さの根本から違う。春の暑さは太陽光線による直接的なものだが、夏は大気そのものが熱を持つ。袖なしのワンピースは、大気そのものがまだ温まっていない桜の時期には適した服装とは言いがたかった。

「……っ!」

不意に坂上の背筋に冷たい感覚がよぎった。この世の者ではないもの、物の怪、怪物の類と対峙したときのような感覚。瞬間、坂上の全身をアドレナリンが巡り、集中力が極限まで高まる。人間の潜在的な力の一つである「直感」を増幅する、少年漫画では「見聞色の覇気」とも表現されるその力を以て、坂の頂にいる少女を見据える。

「…いや、幽霊や妖怪の類じゃねえなァ。普通の女の子とは思えねえが今一つ敵意を感じねえ…」

坂上が独り言を交えて状況を分析していると、今度は坂の下から物音がした。ちょうど祠のある辺りである。すでに魔法を放射する準備は整っている。坂上は腰に帯びた日本刀に手をかけ、自分が登ってきた方を振り返った。

「…誰もいねえ」

坂上の見聞の力をもってしても、妖気や魔法の痕跡は一切見当たらない。思い過ごしか、と苦笑して坂の上へ向き直ると、少女の姿はどこにもなかった。

「やれやれ、一体何だってんだ…」

頭を掻きながら坂を上って行く坂上。頂に到達したがやはり少女の姿はなく、いつもと変わらず目白通りの喧騒だけが足早に行き交っていた。日は西に沈み、紫色とも紺色ともつかない夜の帳を街頭が煌々と照らしている。

しかし坂上にはある種の確信があった。熟練の魔術師が嵐の前兆を見出した時のように、彼は先刻の少女との接触が大きな厄介事の入り口であると信じて疑っていない。そしてそれは、大きく間を置くことなく完全に的中するのであった。

(続く?続き何も考えてないんで強く当たってあとは流れでお願いします)