うん鋼
これまでのあらすじ
地方公務員だった金木得二は戸籍や住民票を扱う部署に勤務していたが、アイドル育成ゲームのエッチな同人誌を買っていることが職場にバレたため管理職に「君、明日から来なくていいよ。ここはカードショップじゃないんだ」と宣告されてしまう。やむなく秘密結社W.A.L.T.(waruiyatuno atamakara lotion tarenagasu)に転職した金木の下に、ある依頼が舞い込んでくる。
「連続行方不明事件?そういうのは警察に依頼した方が早いのでは?」
訝る金木。行方不明事件と言っても、単に届出を忘れて引っ越しただけの事例もあればガチで殺人事件に巻き込まれた事例もあり、振れ幅が大きい。
「警察がわかんねえっつうんだから俺らで解決するしかねえだろ」
そう切って捨てたのはW.A.L.T.のボスである米長さんだ。ローション相撲で前人未到の1919連勝を記録した名横綱でもある。
そんなわけで米長さんが対策チームを招集した。会議室に集まるいつもの面々。
「米長さん俺もう帰っていいすか?ドラゴン田中~ユア・ストーカー~観に行きたいんすけどぉ」
ポップコーンの入ったバケツを抱えながら不満をあらわにする大男。名を亀山頃輔といい、通称はカメコロで通っている。
「ころすぞヘイトデブ」
いつもの調子で中指を立てる米長さん。
「とりあえずどういう人が行方不明になってるかの情報とかないんですか?そこが分からないと対策立たないでしょ」
冷静に指摘するのは30代の異常独身中年男性。金木、カメコロとは学生時代からの知り合いだが、『えむぴっぴ』という異常性にあふれたコードネームで呼ばれていて本名は誰も知らない…おそらく本人さえも。
「資料を配布してあるので各自で確認してください」
手元のペーパーに目を通すよう促したのは、この場では恐らく唯一まともな頭の持ち主である20代後半の女性、熊谷さん。人体改造手術の達人として知られ、キレイな顔とは裏腹に数多くの人を斬ったり貼ったりしている。
行方不明者は2人。一人目は野間口という大学生だ。ゲームセンター荒らしの常習犯らしく、出禁指定を受けている店舗の数は4桁にも達するという。軍艦擬人化美少女を勝手に自分の嫁だと思い込んでいる異常者であり、ストーカーとして警察の台帳に登録されている。
「どっちかっていうと女の子を行方不明にさせそうな奴だな」とは米長さんの弁。
もう一人は三養基(みやき)という女子大生だ。こちらも素行が良いとはお世辞にも言えないようで、あっちの男にフラフラ、こっちの男にフラフラという(いわゆる尻軽女)タイプだったらしい。
「俺の所にフラフラ来ればもっとマシな人生送らせてあげたのに」とはえむぴっぴの弁で、カメコロは「今まで行方不明になってなかったのが奇跡だろ」とバッサリ。
「あ…」
防犯カメラの映像を観ていた金木、三養基を最後に映したシーンに目が止まる。
「男同伴してますね、この男に事情聞いた方がいいんじゃないですか?」
「いや〜それがさあ…」
米長さんが頭をかきながら答える。
「そいつ、住民台帳にも戸籍にも記録がないらしいんだよ。どう見ても幽霊の類ではないと思うんだけどな」
「出生届をしなかったのか、それとも何らかの事情で抹消された人間かもしれませんね」
金木の前職では、そういう事例がなかったわけではない。
「ああ、彼はサカコ君ですよ」と熊谷さん。
「えっ知ってるんですか熊谷さん」
「ええ、私が以前在籍していた人体工業研究所の同僚です」
熊谷さんによれば
・名前は佐々釜ボコ(ささかま ぼこ)
・略してサカコと呼ばれていた
・熊谷さん同様、人体改造手術を得意としていたが倫理観の違いから研究所を辞めて以降の足取りは不明
とのことであった。
「うーん、住民台帳にも戸籍台帳にも佐々釜ボコの登録記録はありませんね…」
金木は電子データ化した台帳を直接覗くことが出来るのだが、全国台帳をどれだけひっくり返しても該当者には尋ね当たらない。そもそもこんなふざけた名前、役所の戸籍係が受理しないだろう。
「とりあえず現場へ行ってみましょう」
現場は歌舞伎町の外れの方だった。途中チンピラに風俗落ちさせられそうな女子中学生がいたので、チンピラを糞まみれにしておいた。中学生は北区に帰宅させた。
「あ、おい待てい。そこの廃ビルの壁、一部分だけ色が違ってんよ〜」
米長さんに指摘されたビルの壁は、確かにドア一枚分くらいだけタイルが新しかった。
カメコロがその部分を思い切りぶん殴ると、パラパラと崩れ落ちて中から地下への階段が現れた。皆が階段を降りようとすると、どこからともなく黒服に身を包んだ黒人のセキュリティがやってきた。
「ノーカードショップ!ノーカードショップ!」
「ヘイ!ファッ◯ンニ◯ー!アイアムジャパニーズヘイトファッティ!ファッキュー!」
ヘイト発言を怒涛の勢いで連打しながらカメコロが殴りかかる。およそ日本人とは思えないパワー系の攻撃に、流石の黒人セキュリティ氏も吹っ飛ばされてしまった。
外のビルディングのボロさとは裏腹に、地下は最新の大学病院のような施設であった。一つ違うところがあるとすれば、患者もナースも医師も姿が見えないという点だろうか。不気味に静かであった。
「おや、当院での治療をご希望の方かな?」
物陰から声がして皆が振り向くと、痩身に血色のあまり良くない顔をした若い男ーサカコが立っていた。
「治療?」
「そうです。人体が左右非対称であることはご存知ですね?つまり人は生まれながらに出来損ないだ。しかし俺はついに確立したんですよ…人間の欠陥を治す方法、即ち人体を左右対称に改造する方法をねえ!」
突如として饒舌に語り出すサカコ。
「お前精神状態おかしいよ」
冷徹に突っ込む米長さん。
「いいえ、おかしいのは忌むべきアシンメトリーを放置している貴方達の方だ。野間!間口!口野!こいつらを捕獲しなさい!」
サカコが叫ぶと、三つの人影が近づいてきた。しかしながら、三つとも明らかに普通の人間ではない。一つは極端に横幅が広く、もう一つは逆に人参のような顔をしていた。さらにもう一体は人間に近かったが、顔のパーツの距離感が狂っている。そして三体とも―シンメトリーな造形をしていた。
「おぉ〜野間口が三人に増えてら、日本のクソみたいなテクノロジーが作ったのかな?」
「ただでさえ迷惑な奴を増やさないで欲しいよね、一人でも警察に迷惑かけてるのに」
カメコロとえむぴっぴの緊張感のかけらもない会話が響く。
「ヒエイ…ヨメ…ヒエイ…ヨメ…ヒエイ…」
呪詛めいた言葉を呟きながら、元野間口の怪物達が迫ってくる。
「修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!解脱するぞ!解脱するぞ!解脱するぞ!解脱するぞ!解脱するぞ!」
カメコロが謎のワードを連打して、シンメトリー怪人達を次々に水に沈めていく。
「―"救済"は成功する。」
最後にカメコロが呟くと、シンメトリー怪人達はブクブクと泡を出し、水に消えていった。
「うん。これでアイツも、野間口も…もっと"高いステージ"へ行けたと思うよ」
満足げなカメコロ。
「おのれ…ゆ"る"さ"ん"!」
怒りのあまり自らをシンメトリー化させるサカコ。
「完成した俺の力を見ろ!愚か者共ォ!」
絶叫とも咆哮ともつかない叫びがこだまする。
「サカコ君!正気に戻って!」
「おやおや、誰かと思えば熊谷さんではないですか。相変わらず美しい、ただ一点、身体が左右非対称であることを除いてねえ!」
「何を言っているの、人間は不完全だからこそ美しいのよ。完成されていないからこそ…」
「黙れェ!そんな甘い考え、反吐が出るぜ。昔のよしみだ、貴方も今シンメトリーにしてあげますよ」
熊谷さんににじり寄るサカコ。
「そうは行かねえぜ、手前も修行の時間だコラァ!」
躍りかかるカメコロ。
「小賢しい…慍爪兵達、相手をしてあげなさい」
サカコが右手を振ると、さっき野間口(だった怪人達)が出てきた部屋から無数の怪物が姿を現した。それが人間の女性だったとはとても信じられない…見た者は誰しもそう思うだろう。顔は不気味に膨張して元の造形は判然とせず、左右対称な肉体からはドス黒いオーラを放っている。そしてその両手の爪には、糞じみた何かが大量に付着していた。
しかしながら、それらが三養基「だった」ことは、もはや疑う余地がなかった。
「性行!性行!性行!性行!性行!水中性行!全力性行!空中性行!二次元性行!解脱を目指して性行!性行!」
フェミニストが聞いたらその場で全身からやばい液体を噴射して死にそうな掛け声とともに、カメコロは次々に慍爪兵を薙ぎ払っていく。
「隙を見せましたねぇ!執刀!」
背後からサカコが斬りかかる。が
「オォン!アォン!」
えむぴっぴの悲鳴?が響く。カメコロが咄嗟にえむぴっぴを盾に使ったようだ。サカコの刃に貫かれ、シンメトリー怪人に姿を変えるえむぴっぴ。
「ンォォ女性さん!女性さんと飯の写真あげたい〜あびゃあ〜」
シンメトリー怪人化しても特に中身の変わらないえむぴっぴ、その場で転げ回る。10秒ほど転がっていると、もはや「前はえむぴっぴだった」としか言いようのない餅の塊が姿を現した。
「いや〜死ぬかと思ったわ〜。人に刃物を向けるのは…やめようね!」
餅が喋った。次第に餅の表面がひび割れが生じ―中からえむぴっぴが出てきた。
「は?」
呆気に取られるサカコ。
「あーこの能力?煮餅由(にもち よし)って女性さんと飯食いに行って帰ってきたら何か出来るようになってた」
平然としているえむぴっぴ。
「サカコ君って言ったよね?君まだ独身なんだってね」
「それが何だと言うのか」
「―『婚期の手』(ドンッ!)」
えむぴっぴの背後から黒い影が伸び、サカコを包む。
「…先輩。サカコ先輩」
若い女の声が、サカコの脳内に響く。
「先輩私です…桜です。忘れたとは言わせません」
「いやお前のような女は知らん」
「とぼけても無駄です。一緒に祖父に除虫菊サラダをモリモリ食わせて昇天させたじゃないですか。お腹に子供もいます。責任を取ってください」
「くっ…執刀!」
「無駄ですよ先輩。私は貴方にとっての理想の女。元より完全に左右対称な人間です」
「なん…だと?」
狼狽するサカコ。
次第に人の形を失い、黒い靄のようにサカコにまとわりつく影。
「先輩?私と二人きりで暮らしてくれるって約束しましたよね?」
「くっ!何故執刀できない?やめろ、俺に触れるんじゃねえ!」
サカコは黒い靄の中でのたうちまわっていたが、叫び声とも悲鳴ともつかない声を一つあげた後動かなくなった。
「いやー女性さんの怨みは怖いよねえ」
しみじみ呟くえむぴっぴ。
「あーそういうことか」
何かに気がついた金木が声を上げる。
「えっ金木いたの」
「最初からいただろ」
ちなみにシンメトリー怪人や慍爪兵との戦いの局面ではさっきの黒服が呼んできたチンピラ達に糞を塗りたくるのに忙しく、一度も戦線に顔を出していなかった。
「サカコが台帳にいなかった理由、こいつ住民コード書き換えてるわ。論理エラーが出てる」
金木はチンピラを糞まみれにしながら台帳検索を続けていたらしい。
「しかしこの男の能力では住民コードには干渉できないはずなんだけどな。誰か黒幕がいるんじゃないかな?」
「それなら確実にアイツだろ」
米長さんが指さした先では、明らかに不審な男が熊谷さんと対峙していた。
「貴方がサカコ君を…赦しませんよ」
「私は虚無そのものだ、お前の刃では触れることはできんよ」
怒りを押し殺す熊谷さんに、男は偉そうに告げる。熊谷さんの日本刀のような巨大なメスが男を捉えたが、まるで立体映像に触れようとした時のように刃は虚空を斬りつけた。飛びすさる熊谷さん。
「今度はこちらから行くぞ」
男が熊谷さんに掴みかかると、信じがたいことに男の手は彼女の首筋を鷲掴みにした。両足が床を離れ、苦悶の表情で手をふりほどこうとする熊谷さん。だが彼女から男の腕に触れることはできない。
「行け!ピーナッツバターローション!」
米長さんの掛け声とともに、どこからともなく油がドボドボと降ってくる。熊谷さんは男の手から滑り落ち、そのまま距離を取る。
「金やん、アイツどうなってるんだ?」
「住民コードが論理エラーを吐き続けてます。あり得ない、何故一方的にこちらに接触できる?我々全員が幻覚でも見てるのか?」
「私は神。お前らの理解を超えた存在だ。私が出てきた時点で勝負は決している。チェックメイトだ」
男はまさに自分が世界の頂点に立ったように恍惚とした表情で語る。
「ん?チェック…もしや…」
何かを思い出す金木。その間にもカメコロが、えむぴっぴが、米長さんも加勢して男に向かっていくが、攻撃はおろか触れることもできない。
「私は神だと言っただろう、そろそろ裁きを―」
「お前は神じゃないだろう、黒縁延(くろぶち えん)さんヨォ!」
突如金木に本名を宣告され、明らかに動揺する男。次の瞬間、カメコロの右の拳が男の鼻柱を捉え、熊谷さんの刃が男の右半身を貫いた。後ろに吹っ飛びながら血しぶきをあげる男。
「コードそのものを書き換えれば別人格になりお前自身は完全に消滅する。だからチェックデジットだけを改竄して論理エラーを意図的に作り、この世界から自分を切り離した。よく考えたとは思うが、攻撃のために正しいデジットを使ったのがテメエの失策だ。俺がそこからテメエを″復元″した…やれやれだぜ」
実体を復元され、再びこの世界の理に絡め取られた男…黒縁は息も絶え絶えに金木を睨みつける。
「よし、貴様は俺が裁くぜ…ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ!」
米長さんの猛烈なラッシュをまともに叩き込まれた黒縁、最後に「やっダバァ!」という悲鳴を遺して死んだ。肉体の残骸は今回の事件で犠牲になった三養基、野間口、ビルの入り口で死んでいたセミ、非業の死を遂げたセブンペイと共にその辺の民家の庭に埋葬された。
精神を破壊されたサカコは、まだ床に転がっていた。
「コイツもデジットの復元で元どおりに出来るのか?」
「理論上は。一億通り試行する必要がありますけど」
金木が虚空に浮かんだ数字を入れたり消したり、試行を繰り返している。際限なくエラー警告がポップアップするが、金木は気にせず試行を重ねる。
「お、ようやくヒットしましたよ。本名は坂上逆子(さかのうえ さかこ)、やはり佐々釜というのはコード書き換えで不正に上書きされた名前でした」
金木に復元されたサカコ、改めて坂上が意識を取り戻した。
「うーん、ここは?俺は会社でヘドバンしてたら上司に詰められて、トイレでソシャゲをやってたらウンコが止まらなくなって23時を回って警備員にトイレから叩き出されて…帰りの電車に…アレ?」
「サカコ君、私を覚えてない?」
熊谷さんが問いかけるが、
「えぇと、どちら様ですか?俺の知り合いの女性は中卒既婚者の幼馴染しかいないはずですが…」
どうやら金木、坂上のここ数年の記憶までゴッソリ消去してしまったらしい。とりあえずは米長さんの提案により、W.A.L.T.で身柄を引き受けることになった。
果たして坂上の記憶は戻るのか?というかこの事件の顛末をどう説明するのか?三養基と野間口の遺族には不自然に左右対称になった遺骨を引き渡すのか?
「ああ^〜ワシは知らねえぜ」
おわり