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森島帆高のセカイ系主人公みてえな青春ポイント32000点の滅茶苦茶な行動により歴史が書き換えられ、テンペスト・ブロックの世界と化した首都東京。事態の打開に向けて男たちが動き出す…ティーンエイジャー達のセカイ系青春ストーリーの尻拭いをするストロングスタイルの大人達のお話。
市ヶ谷にある防衛省本庁舎の地下、とある会議室。ある者は真剣に、ある者は話半分といった雰囲気で会議が行われていた。
「今後1週間の予想雨量は東京600ミリ、熊谷380ミリ、宇都宮320ミリ。荒川、利根川、多摩川、新河岸川、入間川、鬼怒川、江戸川、神田川いずれも氾濫危険水域を超える見込みとのことです」
気象庁の発表を読み上げる若い男。科学特捜隊の非常勤職員で、名を立花瀧という。
「国土地理院の予測では港区、中央区、江東区、大田区、江戸川区、荒川区、台東区、葛飾区など広範囲に浸水する見込みです。川崎市、横浜市、千葉駅、船橋市、浦安市、市川市、習志野市も沿岸部を中心に大規模浸水は避けられない見通しです」
トーンを落とした声で悲観的な見通しを発表する、若いが妙に落ち着いた女。柔らかな黒髪を美しい組紐で結んでいる姿が印象に残る。名を宮水三葉といい、瀧と同じく科学特捜隊の非常勤職員だ。6年前の大規模災害の生存者でもある。
「困りましたね」「ええ、かなり」
短いやり取りは警視庁から派遣された二人…いつもしかめっ面をしている大河内警視正と、いつも爽やかな笑みを絶やさない神戸警視正だ。この二人は性格は対照的だが警察学校時代から息の合った仕事ぶりを見せており、現在は特殊な部署の管理官と指揮官を務めている。
「原因は何だ?気象庁もお手上げだと言っているが科特隊の見解が聞きたい」
よく響く声を挟んだのはこの場で唯一の政治家、与党・保守第一党の泉幹事長だ。6年前の大規模災害、3年前の惨害に際しては復興予算を幾つも通した豪腕代議士として知られている。
「それについてはー」「全くもって不明です。面目ない」
歯切れの悪い宮水を遮るように謝ってみせたのは科学特捜隊・航空部隊の指揮官である迫水隊長だ。見た目は若々しく30代前半だが、実年齢は50歳を超えている。
「打つ手を探さないとな。このままじゃ内閣も国会も海パン姿で仕事をするハメになってしまう」
泉幹事長は冗談めかして答えたが、この場面で笑えるほど神経の太い人間はそうそういない。
「あ、実はそれについてお耳に入れておきたい情報がありまして」
神戸警視正が小声で割り込んでくる。
「先日ウチで補導した未成年の男女がいましてね、「自分達がこの世界の在り方を変えてしまった」とうわ言のように繰り返しているんです。薬物検査も精神鑑定もシロだったので虚言癖として片付けるわけにも行かなくて。それに補導された時の状況も気になりますし…」
「状況?」「ええ、渋谷区内の廃ビルの屋上で二人して倒れているところを保護されましてね。ちょうど朱塗りの鳥居をくぐるような位置に倒れていたんです。ウチの部署じゃコックリさんの仕業じゃないか、なんて噂されてます」
「神社か…そういえば俺も昔、岐阜の山奥の神社で三葉の作った酒を飲んで倒れた経験が…」「ちょっと瀧くん!?」
若い二人の痴話喧嘩が始まったが、特に注意を払う者はいない。
「確かに、鳥居は異なる世界同士をつなぐゲートとしての役割があるって小さい頃父に聞かされたことはあります。神社は神様の領域だから鳥居をくぐらなきゃいけないって」
顔を赤くしたまま宮水が述懐する。彼女の父は元々は民俗学者であり、高名な稗田礼次郎博士に師事していたのだ。
「なるほど。天気、異世界へのゲート、神との接触…オカルトじみていますがそうでもないとアレだけの質量の雨雲が継続的に関東上空にだけ発生し続けることの説明が付きません。気象庁のデータも現在首都圏に垂れ込めている雨雲が通常の発生メカニズムから逸脱したものであることを裏付けています」
早口で一気にまくしたてた、美人だが何を考えているか分からない女性は環境省の尾頭ヒロミ課長だ。3年前の惨害に際して分析能力の高さを買われて課長にはなったが、上層部のウケが良くないのか出世コースからは外れ、今回のような多省庁合同の会議に送り込まれる仕事が板についてしまっている。
「早速ジェットビートルを手配して。乱層雲の中と上、両方を肉眼で調査した方がよさそうだ」
迫水隊長が立花に指示をとばす。科学特捜隊の看板ともいえるジェットビートルも現在は4代目、昨年F-35戦闘機をベースに完成したばかりの新鋭機だ。ステルス性に重きを置く同機をベースにした新ビートルには賛否両論あったが、火器搭載能力と巡航速度、それに垂直離発着能力の面で対抗馬など存在しなかったのだ。
「で、補導された子達はどうなるんです?」
「16歳の少年は保護監察です。自宅のある神津島に戻されるでしょう。15歳の少女は存命の親族が12歳の弟だけですから、姉弟とも養護施設でしょうね」
立花の問いに大河内警視正が回答する。それならば、と立花は自分の祖母に姉弟を引き取ってもらうことが出来ると申し出た。多分その3人は僕にとって、というよりばあちゃんにとっては赤の他人ではないでしょうから。と立花。
翌日
「本当に見たんです!雲の中に白い龍のような化け物が複数いたのを!信じてください!」
熱弁をふるうのは當間海斗(トウマ・カイト)隊員。科学特捜隊ジェットビートル飛行隊のパイロットである。
「日本は世界的に見ても他に類を見ない怪獣銀座だ。今更疑ってもどうしようもないだろう」
泉幹事長が熱弁を制して頷く。
事実、この国への怪獣の襲来回数は異常に多いのだ。科学特捜隊も特生自衛隊も特に市民の突き上げを受けることなく存在しているのがその証左でもある。21世紀だけでも
・2002年、ゴジラ上陸。房総半島から東京沿岸部に甚大な被害。特生自衛隊の特殊戦闘兵器と交戦の後、海へ姿をくらます。
・2003年、再びゴジラ上陸。モスラの飛来も同時に確認され、再び東京に甚大な被害。横浜港が機能不全になり、物流拠点は鹿島・大洗港へ移転。
・2013年、岐阜県北部に隕石が落下。付着していたと思しき宇宙怪獣と特生自衛隊が交戦、これを撃退。隕石の落下で黒部〜名古屋の送電網が破壊され、中京工業地帯に打撃。
・2014年、福島県の発電所廃炉跡地から怪獣『ムートー』出現。行方をくらまし、一時太平洋のシーレーンが封鎖される。
・2016年、ゴジラ類似の巨大不明生物が東京に上陸。港区、中央区の大部分が帰還困難区域に指定される。
・2018年、宇宙怪獣が襲来。富士山麓において米国主導の環太平洋防衛作戦(通称パシフィック・リム)により撃退に成功。東海道新幹線が被災、現在に至るまで不通に。
が確認されている。
「怪獣なのかその白い龍ってのは?ギドラの親戚筋か?種類は?」
怪訝そうに問うのは特生自衛隊の権藤一佐、対怪獣戦闘において30年にわたり第一線にいるエキスパートだ。問われて手を挙げたのは怪獣研究の第一人者で、科学特捜隊から米国の研究機関『モナーク』に移籍した芹沢博士だ。巨大怪獣絡みの案件になると決まってモナークから派遣されてくる。
「日本人ならよく知っているヤマタノオロチでしょうね、怪獣というよりは精霊・悪霊の類に近いかもしれません」
「武器で倒せるのか?」
「わかりません。何しろ怪獣と戦う手段を人類が手にして以降、ヤマタノオロチが出現した記録が残っていませんので」
ヤマタノオロチに関する記録として残っているのはおよそ3000年前。日本神話の英雄神の一柱であるスサノオにより撃退されたという記録。もう一つは800年ほど前。こちらは『晴れ女』と呼ばれる一種の巫女、すなわち若い娘を人柱に捧げたところ災害が治まった、という記録しかない。
「ヤマタノオロチは霊魂の一種ですから、肉体を破壊する=完全な消滅をさせることは出来ません。倒したとしてもいずれは魔力や霊力が寄り集まって再生します。が、今いる個体を倒せば当面は発生しないでしょう」
電話越しに講義をしたのは宮水博士。6年前の大規模災害で町長を務めていた糸守町が消滅し、現在は民俗学者に戻っている。三葉の実父でもある。
「つまり倒す必要があるってことか」
「別の人柱を立てては?」
「ナンセンスです。数年もすれば次の人柱が必要になりますよ。倒してしまえば数百年は出てきません」
「芹沢博士、モナークに協力を要請できませんか?アルゴを投入していただきたい」
迫水隊長の提案に芹沢博士は首を横に振った。『アルゴ』はモナークの総旗艦と呼べる存在である。容姿はB-2爆撃機を超大型化したように見えるが、実態は「空飛ぶ強襲揚陸艦」といったところか。3機のオスプレイと多数の偵察用ドローンが搭載でき、機内には医療設備も完備している。何より怪獣探査に必要な機器が完備されており、荒れ狂う雲海から怪獣を探すのならこれ以上の適役はない。
「モナークとして可能な限り情報提供はするつもりですが、アルゴは先日のギドラ撃退戦でのダメージ蓄積が大きく、修復が完了するまでには1年以上はかかるでしょう」
芹沢博士のコメントで、会議室内に思い空気が垂れ込める。
怪獣に悩まされているのは日本に限った話ではなく、つい先日には三つ首の宇宙怪獣「ギドラ」が米国に上陸。首都ワシントンの大半を水没させる被害を出した。
「ウチで準備できるのはジェットビートルが10機、あとはせいぜい観測ドローンくらいです。自衛隊さんの方はどうです?」
迫水隊長に話を振られた権藤一佐は、少し考え込むようだったが
「ウチは陸上兵器が主体ですからね、戦闘機での支援は空自に頼むしかない。スーパーXなら幕僚長次第でいつでも出せますがね」
スーパーXは特生自衛隊の肝とも言える決戦兵器だ。元々は原発災害を空から制圧する「空飛ぶハイテク消防車」として開発されたが、多くの怪獣が放射能を餌にすることから徐々に対怪獣の抑止力としてプレゼンスが高まってきている。80年代~90年代に建造された3機はいずれも老朽化により退役し、3年前のゴジラ類似生物撃退作戦のデータをフィードバックした『一八式対巨大生物防衛航空機動要塞』、通称スーパーX4が昨年お目見えしたばかりである。
「スーパーXですか。確かにいてくれれば助かります」
助かりますが…に続く言葉を迫水隊長は飲み込んだ。スーパーXはその出自の特殊性故に、索敵能力に重点を置いていない。もちろん現代の軍用機としては平均レベル以上のレーダー類は積んでいるが、その能力はアルゴに比べるとどうしても引けを取ることになるのだ。しかしアルゴが投入できない以上、スーパーXを上回る選択肢など用意できないことも明白だった。
「あと空自にF-2とF-15を飛ばしてもらいます。誘導弾は空対空ミサイルを想定します」
「住民の退避は?」「お任せください。警視庁の威信にかけて全員を守り切ってみせます」
大河内警視正が請け合う。
「では各員、早速準備に取り掛かってくれ。防衛相と公安委員長には俺から話をつけておく」
泉議員が取りまとめにかかった。作戦名をどうしましょうか、と権藤一佐に問われた議員は
「ヤマタノオロチ神話に関わる作戦だから、3年前に勝利した矢口にあやかって「八塩折」でもいいが…今回は眠らせるだけじゃ意味がないからな。オロチを倒せることを願って「アメノハバキリ作戦」とでもしておこうか」
「矢口」こと矢口蘭堂議員は与党・保守第一党に所属し、泉幹事長とは同期である。3年前の惨害に際しゴジラ類似巨大不明生物の凍結作戦(ヤシオリ作戦)を主導した代議士であり、現在は赤坂内閣の防衛大臣を務めている。
「いいですね、何しろ今回はもう櫛名田姫は無鉄砲な少年によって奪還されてしまっています。人柱を横取りされ怒り狂うヤマタノオロチを倒さないと我々に未来はない」
神戸警視正も話に乗った。
この二日後、色々あってヤマタノオロチは特生自衛隊・航空自衛隊・科学特捜隊の統合部隊によって撃退され(この作戦の時、江戸城にいた天皇が天叢雲剣を抜いたという都市伝説もあるが真偽は不明)、東京には久しぶりに青空が戻ったが詳細については割愛する。この事件から3年後、今度は問題の少年…森島帆高と人柱の運命を免れた少女…天野陽菜は東京の片隅で劇的な再会を果たし、良い仲に発展するのだが、それもまた別の話。
おわり