糞出る短小ドカちゃんずぅ

人がゾンビになる経緯は判然としない。昔は呪い説が有力だったようだ。そもそもの起源がアフリカ・コンゴ地方のブードゥー信仰であることが大きいのだろう。なお原始的なゾンビはあくまで死人が蘇生し、自分の意思や思考を持たず永遠に使役されるというものだったらしい。

ハリウッドのフィクション映画が隆盛を極めるなかで、「ゾンビに咬まれた人もゾンビになる」という設定が追加された。これは吸血鬼伝説から流用されたという説が有力である。そして「咬まれて感染する=ウイルス」ということで、人がゾンビになる原因はウイルスあるいは細菌で確定してきた。

「都内の学校でゾンビ感染症パンデミックが発生。生徒4名と教師1名が取り残されているとの通報がありました」

科学特捜庁=科特庁…魔法や怪獣、超能力、怪物の類など警察や自衛隊地方自治体の管轄外(というより彼らが関わりたくない)事象への対策として21世紀に入って新設された役所である。その出張所の一つが、新宿副都心から少し離れた小滝橋にあった。

「G5部隊は?」

「既に特生自衛隊から投入されました」

「血清のストックあったっけ?」

「地下倉庫に2箱あります」

電話通報を受けてやり取りする二人の男。30代も半ば、中年に差し掛かった男―運用管理者の島畑と、もう一方は人生に冷めきって人を殺してそうな目つきが印象的な20代前半の男―戦闘員の坂上である。

「もう制圧済の案件なのにウチに要請来たの?」

怪訝そうな顔の島畑。

「それが取り残された一団がバリケード固めちゃってるらしくて、生存者が確認できずゾンビが残ってる可能性があるんで特自は最後の突入を渋ってるみたいですよ」

あっちの血清のストック足りてないじゃないんですかね、とどうでもよさそうに答える坂上。ゾンビ菌の血清はとにかく日持ちしないので、買い替えが間に合っていないという事例は珍しくないのだ。

「どうせゾンビの力じゃG5の装甲抜けねえだろうに。突入するだけしてくれりゃあこっちも対策を考えやすいんだがねえ」

島畑は愚痴をこぼしたが、運用管理者としては部下にリスクを負わせられない特自側の事情も分からなくはなかった。ともかく出動要請が出た以上は無視するわけにもいかない。

「赤羽のドカちゃん呼んどいて」

「了解です」

一時間後。

特自の張り巡らした規制線の中では3人の男達が、無言のまま学校の間取り図とにらめっこをしている。島畑と坂上、そしてスキンヘッドにサングラス姿の小太りの中年男ー赤羽出張所から急遽呼び出された「ドカちゃん」こと土方敏乗である。

「じゃあ坂上君はバリケードを破壊して。ドカちゃんは突入して生存者を何とかしろ。私は中にゾンビが残ってないかを確認する。」

島畑が大雑把過ぎる作戦を提案した。どうせ詳細にプランを詰めてもその通りに動くことなどあり得ないメンバーである。

「任せてくれや」

土方も土方であっさりと請け合った。坂上は頭部が巨大な男性器の姿をした異形の怪人・ペニスーツマンに変身し、バリケードに向かって頭頂部から白い汁をジェット噴射している。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

勢い余って絶頂する坂上。辺り一面にイカの干物を炙った時のようなあの匂い(ご存知)が充満する。謎の白い液体の高圧噴射により、うず高く積み上がっていたバリケードは矢も盾もたまらず吹き飛ばされた。

「ドカちゃん!右から撃って来るぞ!」

島畑が警告を発する。恐らくバリケードを急に破壊されて気が動転したのだろうか、銀色に近い亜麻色の髪を短く揃えた細身の少女が土方の右側に回り込み、矢のようなものを射かける。

「化け物…先輩達に近づくな!」

少女は強い口調で叫ぶが、恐怖で声は掠れており、空色の瞳は潤んでいるようにも見える。

少女の放った矢が土方を貫くかに見えた刹那、土方はウンコの塊と化してその場に崩れ落ちた。ウンコをかすめ取り、虚空を通過していく矢。あまりにも絶望的な絵面に意識を失い崩れ落ちる少女。余った皮で亀頭状の頭部を梱包する坂上。どっからともなく取り出したガスマスクを装着する島畑。

「ああ〜、急に撃つのはやめてくれや」

土方だったウンコが言葉を発した。いや正確に言えば、このウンコは紛れもなく土方である。魔法の中でも最も難度が高いとされる「ロギア」と呼ばれる大魔法。自分自身を特定の物質・概念に変換する魔法であり、これを使いこなせる者は一国の軍隊に匹敵する強大な戦力と見なされる…のだが土方はよりにもよってウンコである。もちろん強力だが、あまりにも汚いので御偉方からは見て見ぬ振りをされている。

「直樹さん、貴女の他に生徒が3人、先生が1人。生徒1人と先生は感染が疑われる、ということですね?」

島畑は意識を取り戻した少女ー直樹美紀から状況の聞き取りを進めていた。

「2人は人間です!ゾンビなんかじゃない…殺すなんて…」

どうやら感染者は彼女にとって大切な人のようだった。さっきの攻撃も、土方達を敵と誤認したのではなく感染者を処分しに来たと思ったためであろう。

「その心配はねえぜ」

いつの間にか人の姿を取り戻したクソの塊…ではなく土方は自信満々に言い放つ。懐から大きなイチジク浣腸のような形状をした魔法の杖を取り出す土方。

「あっそーれ!クソがずーるずる!クソでずーるずーる!」

感染が進行しているのか、しゃがみこんで震えている2人の若い女性に杖を向け、聞くに耐えない呪文を唱えながら踊る土方。

しかし土方の気味が悪くてクサい踊りが終わると、直樹嬢の先輩ー恵飛須沢胡桃若い女性教師ー佐倉慈の2人の顔色が見る見る回復してきた。一時間ほど経って、まるでゾンビ菌になど最初から感染していなかったようにピンピンしている。

『菌使い』土方の必殺魔法。それは細菌の遺伝子情報を意のままに書き換え、菌を自在に操るというものである。土方は周辺に残存していたゾンビ菌の遺伝子情報を全て上書きしたのだ。2人の体内の菌も含めて。

「ところで、遺伝子情報を書き換えられたゾンビ菌はどうなったんです?」

変身を解除し、とても地上波では流せない姿から元の姿…冷めきった20代の若者の姿に戻った坂上が疑問をぶつける。

ビフィズス菌や。腹の中のクソな糞もスッキリデトックス…ああ〜健康にいいぜ、最高や」

土方が言い終わるか終わらないかのタイミングで、ゾンビ感染から奇跡的に生還した2人が物凄い形相でトイレに飛び込んで行った。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(ブリブリブリブリ)」

「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!(ブリブリブリブリ)」

この日、うら若き2人の乙女がトイレから出てくることは無かった。めでたしめでたし。

 

おわり