なんか思いついたやつ

飲み屋で大学時代の友人と酒を飲んでいた。友人の名は西東(さいとう)といい、北陸地方の出身であった。

「そういえばお前の親戚の娘さあ、彩果ちゃんだっけ?こっちの大学入ったんだよね?元気にしてる?」

「入院してるよ」

「入院…」

思いがけない単語が飛び出してきたので、私は思わずジョッキを叩きつけるようにテーブルに戻してしまった。店員の嫌そうな顔。

「急性のアルコール中毒でね、飲めないのにサークルの連中と飲みに行くからだ…というのは建て前で、実は精神に傷を負ってね…」

西東の表情が曇る。(おっ大学名物昏睡レイプの被害にでも遭ったか?)と思った私だが、流石に口には出さなかった。

「本人は化物に襲われたと言い張っててね。音信不通になって心配だったから彩果のアパートに行った時、彼女はベッドの上で顔を真っ青にして震えていた。音信不通だったのは単に携帯電話を紛失したからだったんだが…」

普通の人が西東の話を聞いても聞き流すか、あるいは彼を狂人だと思うだろう。だが私は職業柄、彼のいう『化物』が気になって仕方がなかった。私はしがない木っ端役人なのだが、その『化物』の種類によっては職権を行使する羽目になるかもしれない。尤も化物というのが単なるヤリチン大学生であれば警察の管轄だが。

「彩果は今も不安がって病院から出たがらない。私も付き添いで仕事どころじゃないのが実情だ。島やん、君の科学庁だか監督庁だかはそういうのの退治も仕事の内だろう?かわいい彩果のためにも何とかしてくれ」

「科特庁ね」

私はとりあえず訂正を入れる。科学特捜庁、略して科特庁が私の職場である。誰がどう見ても(内部の職員から見ても)胡散臭いが、一応公的機関である。業務内容は多岐に渡り、宇宙開発から魔法・超能力研究、亜人の人権保護、はては妖怪や怪獣の退治まで請け負っている。要するに「バカバカしくて霞が関が相手にしない物」を押し付けられているのだ。

翌朝。

「というわけで今回の調査対象です。まず股間に虚空を有する男、年齢は20代後半。それから触手のような物を有し這いずり回る男性器のようなもの。両者は常に行動を共にしている可能性が高いと思われます」

説明している私もバカバカしいと思っているが、聞いている方はもっとバカバカしいと思っているだろう。

「虚空と触手、ですか。何やらクトゥルフ的なものかもしれませんね」

バカバカしい説明に唯一真面目な意見を述べる男、藤久保隊員。怪異好きが高じて鬼の修行に参加し、とうとう戦鬼の免許を皆伝された20代の若者だ。

「んなわけあるかおめえ、チンコだぞチンコ。這いまわるチンコ」

そういって否定するのは豊之内隊員。年齢は私と同じ30代半ば、歴戦の戦鬼でありこの業界で知らない者はいない。しかしチンコをもう少し婉曲表現してくれないものか…

捜索隊はこの二人と私で編成された。本来はもう一人、坂上逆子(さかのうえのさかこ)隊員も加わるのだが、あいにく彼は別件で京都にいた。

「まあ適当に探してやっつけてきてちょうだい」

暢気な口調で見送ったのはこの庁舎のボス、米長署長である。

事前の内偵の甲斐もあり、標的の発見は容易であった。問題の男は今まさに大学生くらいの女の子を組み伏せ「僕の女性さんになってよ…「女性さん」にね…」などとのたまいながらズボンを脱ごうとしていた。有無を言わさず、戦鬼姿の豊之内が火球を叩き付ける。しかし女の子に被害が及ばないよう火力を絞っていたため、決定的なダメージは与えられなかったようだ。

女の子から問題の男を引きはがし、戦鬼となった豊之内と藤久保が男に飛びかかる。だが二人は何かを察知したらしく、瞬時に後ろに飛び退った。

「とんでもねえ瘴気だな…怨念にしたって酷すぎるぜ」

結局のところ、この男性器の化物は邪神や怪獣の類ではなく妖怪であった。異性と充実した青春を過ごせなかった者、女性と交際しながら本懐を遂げられなかった者らの怨念が具現化した者、とでも言えばよいだろうか。その瘴気の密度はすさまじく、接触した彩果ちゃんが精神を病んだのも当然であろう。

「この調子じゃ俺ら戦鬼が清めてもダメですね、穢れの方向が違いすぎますよ。どうします?」

藤久保に聞かれた私も対抗策を即座に思いつくのは無理である。どうしたものか…そうこうしている間にも、這いまわる性器の化物は白い、それでいてどんよりと暗いオーラの漂う汁をまき散らしている。それを浴びた鳩が、カエルが、セミ達が、ところ構わず卵をボトボトと生み落とし始める。

「お、ちんぽ野郎おるやんけ!殺したろ」

不意に不謹慎極まりない声がした。私達が振り返ると、見覚えのある男がいた。

「坂上くん、京都の用事は済んだんですか?」

「へ?京都?」

怪訝な顔をしていた坂上(と思しき男)だったが、何かを察したのか二の句を続ける。

「えーっとねえ、俺は坂上逆子なのは間違いないんだけど坂上逆子じゃない。少なくともあんたらの同僚の坂上逆子じゃない。わかるかなあ?」

これを聞いて私も理解した。平行に存在する異世界から来た、別人格の坂上。珍しいことではあるが、この業界で働いていれば有り得ない話ではない。

「じゃあ俺、あのちんぽ野郎倒すんで。お三方は周りの民間人の防護を頼みます」

そう言う異世界の坂上の周囲に謎の生物?が次々に展開する。よく見ると男性器の形をしているが、今我々が退治せんとしている物とは明らかに違う。邪悪な瘴気が感じられないし、触手で這いずりまわるのではなく手足が生えており、その場で不思議な踊りを踊っている。

「チンポチンポセイヤセイヤチンポチンポセイヤセイヤチンポチンポセイヤセイヤチンポチンポセイヤセイヤチンポチンポセイヤセイヤ」

何だかゴキゲンな掛け声に合わせて踊る無数のちんぽ達。ほどなくして坂上を白い光が包んだかと思うと、そこにはパリっと糊のきいたスーツを身に纏った―巨大な男性器が立っていた。

「ペニスーツマンだ…」

かつて特撮業界に賛否両論の嵐を巻き起こした異端のSF作家、建屋横哉(たてやよこや)の作品に登場する架空の変身ヒーロー、ペニスーツマン。それが今、私の目の前にいた。

「行くぜ!ウルティメイト・スペルマ・フラーッシュ!あぇ…」

叫ぶと同時に、とんでもない量の謎の白い液体を噴射するペニスーツマン。股間に虚空を持つ男が、触手と陰茎の妖怪たちが、次々に洗い流されて行く。後に残ったのは、股間に通常のちんこの付いた20代後半くらいの男性(どうやら怨念に取り憑かれていたようだ)と、さっきまで妖怪としてうごめいていた海綿状の何かの残骸だけであった。

「マラッ!」

ペニスーツマンは短く叫ぶと、そのまま空の彼方へ飛んで行ってしまった。ありがとうペニスーツマン。

庁舎に戻ると坂上が京都から帰ってきていた。お土産の八つ橋を食べていると西東からメールが来た。どうやら彩果ちゃんは週明けから大学に復帰できるということである。めでたしめでたし。

おわり