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場外戦2

東京の中心部、皇居にもほど近い場所に科特庁の本庁舎はある。他の官庁に比べれば小規模ではあるが高層のビルディングを有する科特庁。基本的に高層階には来庁者の多くない部署が入り、低い階ほど来客が多い。これは動線の問題によるところが大きく、大体どこでもそうだろう。

受付やサービスコーナー、売店のある1階は別として、最も訪問者が多いのは2階にある亜人戸籍課であることは間違いないだろう。私、車川主査の所属する部署である。今回はそんな亜人戸籍課の1日の流れについて自分語りするゾ。

朝。開庁を前に前日の夜間に提出された届書を仕分けする。一番多いのは死亡届だ。この日は吸血鬼のもの4件、狐娘のもの3件、天狗と雪女が各1件。官庁の書類は和暦表記されているので、亡くなった天狗の死亡届を見ると生年月日は慶長元年12月22日。即ち享年400歳である。長寿な天狗族の中でもこれは大往生だろう。

次に多いのは出生届。この日は狐娘11件、犬娘4件、鬼と吸血鬼が各2件。珍しく死亡届より件数が多い。実をいうと、戸籍課の業務で一番難しいのがこの出生届、特に狐と犬のものだったりする。どちらも名字がなく、名前も漢字1文字ないし2文字で付けるので、同名が発生しやすいのだ。そのため科特庁では犬・狐の各部族との協定により「4親等以内の者に同名を付けることを認めない」ということを取り決めている。

狐娘は花・植物に由来する名前を付けるのが通例である。葵・茜・雛菊・杜若・若葉などがある。ちなみに「桃」「桜」「百合」あたりはやはり人気銘柄であり、どの血統にも一人は必ずいる。一方、犬娘の方は自然現象に由来する名が一般的だ。陽・漣・雪・旭などがある。

婚姻届は同族間ならばこれと言って難しいものではない。鬼も天狗も吸血鬼もそれぞれの戸籍システムが構築されているからだ。人間と結婚することの多い雪女は多少厄介で、夫となる人間の本籍地へ戸籍照会をかける必要がある。狐と犬はそもそも婚姻という習慣がない。

届書の整理が終わると開庁時刻になっている。と言っても年末のこの時期に来客なんてそうそう来ない。10時くらいに狐娘が自分の戸籍を取りに来た。新宿支署に居候しているという狐の少女は、来年から正式に科特庁に就職するため戸籍抄本の提出を求められたのだという。銀髪に青い瞳、白い肌の狐娘の少女は、新宿支署の職員の姉ちゃん二人組と連れ立って帰っていった。

職員の姉ちゃん二人には見覚えがあった。熊谷主事と宮前主事。若くして新宿支署のエースとして名高い魔法師のコンビだ。私は実物を見るのは初めてだったが、少なくとも科特庁の広報紙の写真で見るよりは美人だった。

昼休み前には吸血鬼が一人、婚姻用に戸籍謄本を取りに来た。黒い髪をオールバックにしてスーツをピシッと着込んだ30手前くらいの青年だ。今日日吸血鬼も人間と大差ない服装をしていることが多い。黒いマントにシルクハットなどという恰好をするのはせいぜい式典の時くらいなものだ。

昼休みが明けると、今度は20代前半くらいの吸血鬼の姉ちゃんが戸籍身分証明書を取りに来た。金髪に赤い瞳、少し長めの吸血歯をしているこの女性は、恐らくドイツかオーストリアからの移住者の家系だろう。戸籍データを見ると、案の定彼女の高祖父の欄に「明治31年3月1日ドイツ帝国ブリュンシュタット家より帰化」と書かれていた。

ちなみに身分証明書というのは「人間を襲った経歴がない」「非行の前科がない」「自己破産していない」「成年後見登録を受けていない」ことの証明書で、要するに「私は何も問題を起こしていませんよ」という証明書だ。だいたい就職の際に提出を求められることが多い。この姉ちゃんも恐らく就職するのだろう。

次に来たのは天狗のおっさんだった。尤も天狗は超長寿なので、おっさんに見えても100歳を超えていることは珍しくない。戸籍を見てみると「慶應3年1月4日生」となってた。御年149歳である。

このおっさんが取りに来たのは戸籍の附票だった。住所の履歴が載っているものだ。印刷してみたらまあ長いの何の。結婚により戸籍が独立してから今までの100年分の住所が記載されているので当然といえば当然か。天狗の附票は「福岡県英彦山山中」とか「東京都八王子市高尾山山中」といった表記が多いので、正確な住所の記録というよりは「いつ、どの山に入っていたか」の証明書という意味合いが強い。

夕方になり一息ついていると電話が鳴った。

「はい、亜人戸籍課の車川…」

「ピーッ」

受話器の向こうで電子音が鳴っている。FAXだ。送信元は科特庁新宿支署。

『調査事項照会書

管内住民の動向調査のため、下記の者の戸籍謄本および附票全部事項証明書各1通の送付を願います。

氏名:○○○○

種族:吸血鬼

戸籍:○○家族系、筆頭者××××

生年月日:平成△年○月□日

なお、送付いただいた書類は本件調査以外の目的では使用いたしませんことを添えて申し上げます。

科特庁新宿支署 署長補佐 島畑(公印省略)』

「やれやれ、今日は来客少ないからもう帰れると思ったのになあ」

私は愚痴をこぼしながら戸籍のデータを探し、新宿支署のプリンターに転送する。こうするとわざわざ本庁舎まで取りに来なくても済むというわけだ。あとの調査は支署の管轄なので、私の知ったことではない。

17時15分になったら窓口を閉め、設備の確認をして帰る。これが亜人戸籍課の1日の仕事の大まかな流れだ。これを週に5日ずつこなしていく。地味な仕事だが、人間と共生している亜人達の生活を支える重要な仕事なのだ。以上、科特庁亜人戸籍課の車川主査からの報告である。

つづく?