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第30話

SSのような何か

先日のガサ入れの時に、私はうっかり杖を破損させてしまっていた。榎谷と魔法の撃ち合いになった際のオーバーワークが原因だろうか?修復で何とかなると思っていたのだが、魔法用具に詳しい宮前さんに見せたら「中が折れてるので無理です。買いなおしてください」とバッサリであった。何のためのカーボン杖なんだ…と私は若干悲しい気持ちになった。

「島畑先生の杖の核は何が入ってるんですか?」

魔法使いの杖は材質とは別に特殊な核が入っているのである。興味深々といった様子の詩織ちゃん。私は主査時代に魔法学校の初等科で非常勤講師をやっていたので、詩織ちゃんは一応教え子だったりする。

「核はケルベロスのチ○コの骨ですね。材質はカーボンです」

ケルベロスは犬系の怪物なので、当然陰茎に骨があるのだ。それを聞いていた島村さんと鹿島さんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。

ちなみに杖の核は人気の銘柄とそうでないものがある。魔法師に人気なのは不死鳥の尾羽だったり龍の髭だったり、変わった所ではクラーケンのカラストンビ(嘴)なんかも水系統の魔法を使う人には好まれる。植物魔法を使う白崎さんの杖の核は世界樹の維管束である。ちなみに不死鳥の尾羽はけっこう流通量が多く、炎魔法の使い手の杖は大抵これを核にしているが、似た種類の鳳凰の尾羽は稀少であり、価格は100倍くらい違うらしい。ケルベロスのおち○ぽの骨はあまり人気がないのでかなり安い。

「そんなわけで新しい杖を作ってきました」

翌日、私は新しい杖を受け取ってから出勤した。材質は先代と同じカーボン、長さは40インチ(約102センチ)と従来のものよりも相当長くなった。やはり16インチではカーボンのしなりを活かしきれなかったのである。核には宇宙鉱石『ウルトラの星』を削り出した物を採用した。先日の銀色の巨人の一件の際、早田教授から(事実上の口止め料として)もらったものである。これで光線魔法の威力が向上するだろう。

自席で新しい杖をビュンビュン振り回しているところへ本庁からファックスが送られて来た。そのFAXを読むために私が手を止めたので、それまで近寄れずにいた葵ちゃんはすかさず私の膝の上に乗ってきた。

「吸血鬼…吸血鬼ですか。今時の吸血鬼がトラブルを起こすとは思えませんがねえ…」

葵ちゃんを膝の上に乗せたまま私は呟いた。葵ちゃんも首をかしげている。現在、科特庁の戸籍課に登録されている吸血鬼は9つの家系とルーマニアからの帰化者を合わせて111世帯165人いる。大多数は定職に就いており、また人に害のない安全な吸血方法が確立されているため、吸血鬼とヒトのトラブルは最近ではほとんど発生していない。

「とりあえず支署にお越しいただきましょうかね」

私は秋山係長とホリ隊員、そして坂上に実調の指示を出した。庭では鹿島さんが陽ちゃんとフリスビーで遊んでいた。よく見ると鹿島さんが投げていたのは白崎さんが育てていたクソデカ蓮の葉だった。私は白崎さんが怒るのでは、と心配していたが、優しい白崎さんは二人が遊んでいるのをニコニコしながら見ていた。

「詩織!冷蔵庫に入れといた私のヨーグルト食べたでしょ!」

宮前さんが詩織ちゃんを追いかけている。

「蓋に『宮前』としか書いてなかったから私のだと思ったんだもん!」

詩織ちゃん、逃げながら反論する。この姉妹は仲が良すぎるのでいつもこんな感じである。宮前さんも別に本気で怒っているわけではないので、大抵1時間もするとうやむやになっている。

で、1時間が経過し宮前姉妹の痴話喧嘩がうやむやになった頃に秋山係長らが問題の吸血鬼を連れてきた。戸籍で確認したところ年齢は22歳。軽くウェーブの利いた黒髪と、吸血鬼に特有のルビーを思わせる紅い瞳が特徴的な女性だ。名を黒羽朱里と言い、黒羽家の中では傍流の家の娘であった。

「あなたが通った後通行人がバタバタ倒れていったという報告が来ています。吸血によるものですか?」

私は思考の読み取りに集中しているので、聴聞は洲本さんに一任した。

「いや、違うんです!誤解ですよ」

やや慌てたように身振り手振りを交えて反論する黒羽嬢。どうやら嘘はついていないようである。

「アレは私の体質が原因なんです。先祖にサキュバスがいるんですけど、その性質の一部が隔世遺伝してしまったみたいで」

その話は私も非常に興味がある。吸血鬼とサキュバスの混血が可能だったのか。まあヨーロッパに渡った狐娘の中には狼男と結婚して子供を設けた例もあるし、鬼と雪女が結婚して家庭を築いた例もあるので、亜人系同士なら遺伝子は意外と融通がきくのかもしれない。

「私は吸血しなくても普通の食事で生きられるんですけど、ニンニクを大量に摂取しないと疲れやすい体質なんです」

そもそも吸血鬼はヘモグロビンの自力生成が苦手なので血を摂取しているだけで、何等かの変異でヘモグロビン生成能力を持った吸血鬼は吸血を必要としないのである。ちなみに吸血鬼がニンニクを食べられないというのは誤りで、昔ヨーロッパの吸血鬼族の迷信として「ニンニクを食べると死ぬ」というものがあっただけだ。銀がダメというのも迷信である。銀の弾丸で心臓を撃たれたら吸血鬼じゃなくたって普通に死ぬ。

「でもサキュバスの力を持っているので身体から出るニンニクのにおいでさえ人を惹きつけてしまうんですね…倒れた人達は私の発するニンニク臭を吸って精気を無くしただけなんです」

黒羽嬢も女性であるから、こんな話をさせられるのはさぞ屈辱だろう。私も聞いていて何だか居た堪れない気持ちになった。匂いの少ないニンニクを食べろとかそういうレベルの話ではない。

「それならいい方法がありますよ」

様子を見ていた白崎さんが入ってきた。庭に生えていた薬草のような何かを持ってきている。その葉っぱを2枚3枚とちぎった白崎さん、それを粉状に挽いたものをドリップして黒羽嬢に勧める。

「何それ?脱法ハーブ?」

スギウラさんはいつの間にそんな日本語を覚えたのか…アメリカンコーヒーを片手にアンチョビのサンドイッチをほおばるスギウラさんはとてもじゃないが元イギリス人には見えなかった。

「違います!脱法ハーブじゃなくて脱臭ハーブです」

珍しくムッとした表情をする白崎さんは可愛かった。どんな臭いものでも脱臭できるのが特徴だそうだが、栽培はとても難しいらしく白崎さんは魔法を使って維持しているらしかった。

そんなわけで黒羽嬢には脱臭ハーブを定期的に送ってあげることになった。これにて一件落着。それにしてもこの脱臭ハーブ、飲み会の後とか餃子食べた後に便利なのではないか?と思うのだが白崎さん曰く「栽培の手間を考えたら困っている人以外には使えません」ということであった。

結局この日、私の新しい杖が威力を発揮する機会はなかった。だがその方がいい。平和である証拠だからだ。

つづく