第28話

 

大手町にある科特庁の本庁ビル。高層ビルと呼んで差し支えないその建物内の会議室に、東京都内の各支署から招集された男達が集まっていた。新宿支署からは私の他に豊之内・第1係長と秋山・第3係長。北支署からはいつもの土方署長補佐と中須田謙介・第1係長の両名。

中須田は元ブラック企業社員で、精神を病んで転職してきた男である。その過去から、魔法少女や超能力者に過酷な労働を課すブラック企業を次々と摘発している優秀な男である。その苛烈な取り締まりに対する反感から、取り締まられるブラック企業側からは「戦車勃起メタボ」と呼ばれている。精神を病んだ結果、戦車を見ると勃起してしまうようになった悲しき男なのだ。しかし退魔師としての腕は確かであり、土方とのコンビで異能者を食い物にする悪い奴らを日夜クソまみれにしている。

江戸川支署からは秋吉亮(あきよしあきら)署長補佐が招集されている。彼も私達と共に10年前の紛争を戦ったベテランで、実力面でも豊之内に次ぐ強力な戦鬼だ。年齢面では33歳と、現役の戦鬼の中では比較的年長の部類に入っている。江戸川支署からはもう一人、久保田糸哉(くぼたいとや)・第1係長も招集されている。

世田谷支署からは三浦道朗(みうらみちお)・第4係長が来ている。彼は紛争終結に伴う関係機関の再編後、つまり独立機関『猛士』ではなく科特庁戦鬼課で名跡を取得した戦鬼第一号である。今や少なくなった斬撃系の戦鬼である。

「皆さん遠路はるばるご苦労様です」

挨拶と共に打ち合わせの幕を開いたのは、これまた毎度お馴染みの神楽坂庭夫統括係長である。普段は本庁の監理課庶務係に勤務しており、各支署への実調の依頼や人員派遣の取りまとめを担当している。

「今日この面子に集まってもらったのは、ちょっとした組織の本部に強制捜査を行う必要性が生じたからです。荒事に慣れている皆さんほど適任の人材は本庁だけでは揃えるのが難しくてね」

神楽坂は軽い調子での溜まったが、他の面子は皆一様にざわついた。

違法行為をしている組織の摘発は、特定の分野に限っては確かに科特庁がその権限を有している。しかし通常は本庁のG5チーム(超能力者の実働部隊)を投入することが多いし、大抵は警察と合同で行われる。科特庁単独で、それも私達のような支署構成員が担当するのは異例中の異例だ。

「結構ヤバい所なんですか?」

私の質問に、神楽坂は首肯した。

魔法少女の育成と運用、と言えば聞こえはいいが全て無届でやっている所です。本庁の内偵により無賃労働の強要、命の危険を伴う任務への強制従事、性的暴行、魔法師至上主義の前時代的な洗脳教育などが確認されています」

魔法少女というのは定義が難しい存在であったが、現在は満18歳に達していない、魔法師としての資格免状を取得していない女性の魔法使いがそう呼ばれることが多い。資格免状を持っていなくても魔法能力を行使すること自体は可能であるが、未成年であるため各種法律により厳重に保護されており科特庁への届け出が義務付けられている。その法律の煩雑さから無届で魔法少女を使役する業者は後を絶たず、科特庁は摘発に力を入れている。

「人間の屑がこの野郎…!」

憤りを露わにする秋吉。他のメンバーも静かな怒りに燃えているようだ。

「元締めは判明してるんですか?」

私の質問に、神楽坂はこれまた頷いた。

「ええ、元締めは四場家当主の四場二郎。私達が過去の紛争で倒した四場一郎の弟ですね。紛争後の協議で四場家は財産の大部分を差し出して存続が認められたんですが、どうやら反省してなかったみたいですね」

神楽坂の言葉にも毒がこもる。魔法師は家柄を重視するため、力のある家柄はかなり財産を貯め込んでいた。四場家はその中でも五本の指に入る名家だった。熊谷家や宮前家が地方大名の家臣レベルだとしたら四場家は外様の有力大名レベルの権勢を誇っていたのだ。10年前の紛争で負けるまでは。

「やはり特権の味を覚えた奴はクソや。糞が…キモっ!」

土方も思わず毒づく。隣に座っている中須田も憤りの表情を浮かべている。

「けっこう深刻な話だゾ。紛争に負けて恭順の意を示していた四場家がそういうことをするということは科特庁の転覆を狙ってるかもしれないゾ」

三浦係長の懸念もまるっきり絵空事とは言い切れない。四場家に限らず紛争時にホルデモット信者として魔法庁を牛耳っていた、格の高かった魔法師の家は取り潰しや財産没収の上魔法庁から追放となっている。当然、魔法庁の業務を引き継いだ科特庁からも追放されたままだ。自分たちの傲慢さや特権を貪ってきた事実から目を背け、逆恨みしている者がいてもおかしくはない。

「そういうわけですから、今回は一刻を争います。すぐに出撃の準備を」

神楽坂の言葉で、私達は一斉に椅子から立ち上がった。

問題の施設は杉並区と世田谷区の境目らへんにあった。外観は古めかしい洋館である。元々は一之江家の所有物であったが、過去の紛争の中枢を担った一之江家は当主以下一族が全滅し、この洋館は現在無人になっているはずである。

「科特庁だ。大人しくしろ!」

神楽坂が先陣を切って怒鳴り込む。中にいた魔法少女達はキョトンとしていたが、それが自分たちの敵として教え込まれた科特庁の構成員であるとわかると一斉に攻撃魔法を撃ちこんできた。成人した魔法師のそれに比べて精度は粗いが、若さ故に出力はかなり大きい。街一つ焼けそうな攻撃呪文の束が神楽坂に向かい―空中で全て解れた。

対抗魔法。呪文コードは数式のようなものであり、「等しい値のコードを引くとゼロになる」という仕組みを利用した、魔法を打ち消すための魔法である。瞬時に対象の魔法の呪文コードの性質や大きさを把握する必要があるため、日本で実戦レベルの対抗魔法が撃てるのは神楽坂しかいない。しかも神楽坂は打ち消した魔法のエネルギーを次の対抗魔法のエネルギー源に充てるという技術を会得しているため、彼を魔法の撃ち合いで仕留めることはほぼ不可能である。

何が起きているのか理解できないまま、魔法少女達は魔力を使い切ってどんどん倒れてゆく。神楽坂たちは苦り切った表情を浮かべ、気を失って倒れた魔法少女達を次々と収容していった。

洋館の2階では性的暴行の下手人と私が戦闘を繰り広げていた。榎谷夏音(えのたにかのん)、旧魔法庁時代でさえ女癖のあまりの悪さに鼻つまみ者扱いされてきた男だ。私の顔を見るなり殺人魔法を撃ってくる榎谷。私は杖を翻して白い光線魔法を放ち、それを相殺した。

その隣の部屋では、今まさに虐待されていた魔法少女を秋山係長と豊之内係長が救出した所であった。榎谷の作った悪趣味な虐待用魔法人形を秋山がバットのような得物で殴るとたやすく砕け散ってゆく。退魔師の武器には文字通り魔を祓う力がある。秋山係長のバットのような何かで殴られた魔法人形は、殴られた瞬間に内部の魔術コードが消失してしまうのだ。

「…もう殺してくれませんか?」

助けられた魔法少女は自分の置かれている状況に嫌気が差したのか、そんな台詞を秋山と豊之内に投げかける。

「嬢ちゃんはさあ、この屋敷のゲスどもに洗脳されて使い倒されて、死ぬまで弄ばれる運命だったんだよ」

秋山係長が語る。

「でも俺らが来て嬢ちゃんは助かった。この屋敷のゲスどもは俺らの仲間に潰されて全滅だ。これはつまりさあ、神だか仏だかわからん奴が嬢ちゃんに言ってるんだよ。運命に抗えってさあ」

秋山係長が語っている後ろでは、闘鬼完全装甲態が押し寄せる魔法人形を次々と灰にしている。秋山の言葉を聞いた魔法少女は依然憔悴しきっているが、死への憧憬がなくなったことは目を見ればわかる。秋山は彼女を連れて、彼女の仲間たちが収容されている科特庁の車両へ向かった。

「島畑、裏切り者米長の手下が!」

榎谷は憎悪も露わにどんどん攻撃魔法を撃ちこんでくる。そもそも魔法師至上主義を主張して米長さんらウィザードの離反を招いたのは彼らなのだが、特権意識に凝り固まった彼らには事実を客観視する能力などない。私は攻撃魔法を一つ一つ弾いていたが、いきなり榎谷の前で杖を床に置いて見せた。

「裏切り者め、ようやく罪を自覚したか!」

榎谷は喜色満面の表情になり、最大出力で攻撃魔法を放つ。最大出力の殺人光線は榎谷の杖の先から勢いよく飛び出し―榎谷の心臓を勢いよく貫通した。

「呪文コードのベクトルくらいちゃんと設定しなきゃダメじゃないですか」

私は半笑いのまま榎谷の死体にそう吐き捨て、部屋を後にした。怒りや憎悪は魔法使いにとって大敵である。冷静に目の前の私と対峙していれば、榎谷も自分の呪文コードのターゲティングが書き換えられていたことに気づいていただろう。今更言っても遅いのだが。

地下室では秋吉と、秋山と別れて合流した豊之内が敵の元締め―四場を追い込んでいた。秋吉の変身した暁鬼(アカツキ)と闘鬼、二人の強力な戦鬼はじりじりと四場を追い詰めていく。四場も次々に攻撃魔法を放つが、この二人の装甲を貫けるほどの威力はなかった。

「お前みてえな人間の屑は俺が直々に処分してやる」

暁鬼はそう言い放つと同時に四場を殴る。四場は5メートルばかり吹っ飛び、地面を転がった。その瞬間に部屋の四方八方から刀剣が暁鬼めがけて飛んでくる。四場が魔法を使って地雷のように仕掛けておいたものだ。だが小型の刀剣はやはり暁鬼の装甲を貫通せず、大型の物は闘鬼に全て撃ち落された。

四場は半狂乱になり、刃物を以て暁に突進してゆきー暁鬼の打撃を顔面にまともに受けた。頭部が胴体からテイクオフした四場は、今度こそ完全に息絶えた。かくして強行捜査は終了し、元締めをはじめ経営側の連中は大部分が死亡、残ったものは土方と中須田にクソまみれにされた上で逮捕された。保護された魔法少女達は14名にのぼった。全員私の手で洗脳教育された記憶と性的暴行を受けた記憶を消除され、本庁に一時的に保護されることになった。

大部分は偶発的に魔法を使えるようになった一般人の子だったが、中に紛争で取り潰された五日市家の子女もいたことは私達を暗い気分にさせた。旧魔法庁執行部連中はかつての身内さえ道具として扱っていたのである。また、一人だけ白人の娘がいたため私達は国際問題化を懸念したが、彼女の両親は日本に帰化しており、戸籍上は日本人であったのでこれは杞憂であった。

「今回保護された娘達は魔法学校へ編入させました。元々身寄りはない子ばかりでしたからね」

神楽坂の報告を受けたのは、事件から4日ほど経ってからであった。数年後には彼女たちの中から魔法師の資格を取得し、科特庁で活躍する者が出てくるだろう。そうなれば、私達が苦労して犯罪組織を潰した甲斐もあったというものである。

つづく