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第27話

SSのような何か

秋も本格化してくると、飲み会の様相も変貌してゆく。冷奴や刺身を肴にビールをバカスカ飲むサマースタイルは鳴りを潜め、おでんなどが卓を彩るようになるのである。

そんな秋本番の金曜日の夕方。高田馬場の片隅にある居酒屋では、新宿支署女子会なる恐怖の集会が開かれていた。私はその余波を受けて支署の宿直室で葵ちゃんら下宿勢のお守りをすることになっていた。

イヌ科動物は育てた者を親として認識する習性があるというが、私に対する葵ちゃんの態度も、異性として好意的というよりは親に甘える子犬に近いものがあるような気がする。本当の所は不明だが、茜ちゃんも陽ちゃんもテレビを観ながら笑い転げているのを尻目に葵ちゃんは私の膝の上に座ったままウトウトしていた。

「乾杯~」

居酒屋では恐怖の?女子会が始まっていた。大体この手の職場の飲み会では一杯目はビールというのが相場だが、女子会だけあって飲み物はけっこうバラバラである。チューハイ系を頼む者、型通りビールを頼む者など様々である。熊谷さんは正月のお屠蘇で二日酔いするレベルにアルコールに弱いので一杯目からジンジャーエールであった。

「豊之内係長ってさあ、時々意味わからないこと言い出すよねえ」

酒が回ってきたのか、矢吹係長が唐突に同僚批判を始める。ちなみに豊之内が不思議発言を連発するのは今に始まったことではない。

「まあでもセクハラとかするわけじゃないですし…」

フォローに回る白崎さん。

「あ、私は昔髪の毛を触られそうになりました」

白崎さんのフォローをぶち壊す熊谷さん。今でこそ彼女の綺麗な黒髪は肩のあたりまでしかないが、ちょっと前までは腰に届くくらいの長さであった。豊之内は昔から長くて綺麗な黒髪の女性が大好きらしく、ことあるごとに熊谷さんにちょっかいをかけていたのは事実である。

「意味わからないといえば坂上くんもよくわからないよねえ」

話を切り替えにかかったのは宮前さんだ。坂上が一般人にはおよそ理解しがたい行動をとるのも、これまた今に始まったことではない。豊之内も坂上も戦鬼として一人前になる過程で、常人ならば精神崩壊するほど過酷な修行を積んでいる。その結果、もしかしたら精神構造が普通の人と若干違うのかもしれない。

「たしかに勤務中にお酒を飲んでるのはちょっと普通じゃないですね…」

さすがの白崎さんもフォローできない。

「まあ二人とも戦鬼としては超一流ですからね、プライベート面はセクハラ以外は大目に見てあげましょうよ」

見かねたのか洲本さんがフォローに入る。

事実、豊之内も坂上も戦鬼としては一流どころか超一流である。豊之内は「打撃鬼は空中戦が出来ない」という常識を初めて打破しただけでなく、長い戦鬼の歴史の中でも文献にわずかに記されていただけだった完全装甲態を使用可能たらしめ、現役最高の戦鬼と呼ばれている。既に35歳と大ベテランの領域に入っているが、彼の直弟子で横須賀支署勤務の鋭鬼(エイキ)、同じく品川支署勤務の弾鬼(ハジキ)ら20代でキャリア全盛期の戦鬼たちでもまるで敵わない圧倒的な実力を誇っている。

坂上も負けていない。彼は史上最年少となる17歳10か月で戦鬼の独立名跡『盃鬼』を取得した天才である。豊之内でさえ『闘鬼』の名跡を取ったのは20歳の時だから坂上は相当に早い。ちなみにこの戦鬼の名跡は既存の物を襲名するのが一般的(豊之内は14代目闘鬼)だが、盃鬼は前例がないため坂上が初代である。

「まあでも、豊之内係長じゃなくても熊谷さんの髪は触りたくなるんだよね~めちゃくちゃ綺麗だからね」

と言いながら熊谷さんの黒髪をいじくりまわしているのはスギウラさんである。スギウラさんは別にレズっ気があるとかそういうことはないのだが、英国の厳格な男女別学で育てられたせいか女性同士の距離感が近すぎることが往々にしてある。

「ヒッやめて触らないで」

咄嗟に身をよじる熊谷さん。

「セクハラやめい」

スギウラさんを小突く矢吹係長。

「統括係長ってどういう人なんですか?」

神木田さんの質問に、一瞬場が答えに詰まった。

「ん~、島畑さんは10年前からずっとあんな感じだよ?何か遠謀深慮を巡らしているような顔して特に何も考えてないというか。部下を怒ってる所は見たことないけど敵には割と情け容赦ない人だよね」

とは矢吹係長の私に対する評。容赦がない。

「あの歳で統括係長だからけっこう給料貰ってるでしょうに、それでも独身なんだから、余程異性との出会いに恵まれなかったんでしょうね~島畑さん」

これは洲本さんの評。同い年で同じ統括係長の土方も神楽坂も独身である。というより我々の年代で既婚者の方が珍しい。秋山係長くらいである。

「最近は葵ちゃんに凄く懐かれてますよね。正直そこだけは羨ましいです」

と言う熊谷さん。熊谷さんは犬や狐の類が大好きなので、こう言いたくなるのも当然であろう。ただ犬娘も狐娘も本能的に人間の男に寄っていく習性がある。

「秋山係長の奥さんってどんな人なんですか?」

と島村さん。皆だいぶアルコールが回ってきたのか、話題があっちへ飛びこっちへ飛びしている。

「秋山さんの大学の後輩らしいですよ。魔物と戦う時は無敵の秋山係長も、家では奥さんに尻に敷かれてるとか」

酒ががっつり回ってゴキゲンな新城係長。秋山係長の奥さんとは大学時代同期だったらしい。奥さんにペコペコする秋山係長を想像して笑い出す島村さんと神木田さん。

そんなこんなで好き勝手に新宿支署の男性職員批評が進み、飲み会が終わる頃には終電の時刻を大きく超過していた。店の前で音量を出し過ぎないよう気を配りながら一本締めを行い、徒歩圏内に自宅のある洲本さんは歩いて帰っていった。絶対自宅に帰るウーマンの矢吹係長はタクシーを拾って帰って行った。

残りの面子は宿直室を使うべく歩いて新宿支署へ戻ってきた。もう葵ちゃん達は寝静まっている。私は御一行が到着するのを待って銭湯へ向かった。熊谷さん達の記憶にアクセスして飲み会の様子を見ようかとも思ったが、自分の悪口を言われていたら嫌なのでやめておいた。深夜の銭湯は閑散としていた。

つづく