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第26話

SSのような何か

食欲の秋。ようやく夏の暑さに陰りが見え、執拗な秋雨も切れ目の見えてきたある日の夜。私は同期入庁の面々と池袋の居酒屋に繰り出し、飲み会のような食事会のような集まりを繰り広げていた。私は地方の町役場からの転職組であったが、当時の科特隊は科学部門のエリート以外は新卒入庁者は滅多にいなかった。したがって、同期の面々は私と同年代が多かった。

本庁監理部の統括係長を務める神楽坂庭夫は大学時代からの同級生だ。元々は法学者を目指していたが、「法律より魔術の方が面白い」と大学院を飛び出して科特隊に入った経歴を持つ。優秀な男だが酒にうるさいのが難点で、今日もこの焼酎がああだの、この店のワインはどうだのと言っている。

北支署の署長補佐を務めるのは土方敏乗統括係長だ。筋骨隆々とした体躯にスキンヘッドが特徴の男である。名前の読みは「ひじかたとしのり」なのだが、同期入庁者に同じ読みの『肘形俊則』がいたため、私達は便宜上前者を「ドカタ・ビンジョウ」、後者を「エルボー・シュンソク」と呼んでいた。

「ああ~たまらねえぜ」

土方は酒を飲むといつもこの台詞を吐く。

他に宇宙観測隊に行った者、資材調達課に行った者、魔法学校で教員をしている者などが一堂に会し酒を飲みながら刺身だの焼き鳥だのを思い思いに食べている。会話の中身は大体みんな職場の愚痴である。

「島畑の所は署員が可愛い女の子ばかりでいいよなあ」

そう言うのは土方だ。確かに北支署は新宿支署に比べると男性職員の比率が高い。

「女の子は多いですが歳が離れてますからねえ、若い頃なら確かに嬉しかったかもしれませんが」

私は適当にはぐらかす。グラスに残った麦茶を飲もうとしたら、麦茶からシュワシュワと気泡が出ている。

「…おいビンジョウ」

私が睨み付けた先で、土方は笑いながら酒を飲んでいる。この男以外に、こんな手の込んだ悪戯を―しかも私の目を盗んで―やってのけられる者はまずいないだろう。土方のスキンヘッドは居酒屋の照明を反射していつも以上にテカテカと輝いている。

ウィザードの固有魔法の中で、特定の生物を操る能力を持つ者は歴史上何人も存在していたし、現在も科特庁に数名が在籍している。鳩を操る者、蜂を操る者、果ては熊を操る者など枚挙に暇がないが、土方は現存する唯一の―そして歴史的にも極めて珍しい―微生物を操る魔法の使い手である。私の麦茶から気泡が出ていたのは、この男が酵母菌を操ってビールにしてしまったからである。

しかし微生物全般を操る能力というのは中々に強力なものだ。過去の紛争では大腸菌を操り敵陣営に集団感染を引き起こしたこともある。北支署に赴任後も「悪い奴らをクソまみれ」と主張して何度か似たようなことをしているため、土方には「赤羽の変態糞親父」という二つ名がついており、恐れられている。

翌朝。ポストに実調要請が1件も来ておらず安堵したのも束の間、本庁から電話がかかってきた。落合と長崎の境界線付近に謎の巨大植物が生えてきたという。新宿区・豊島区の両区に跨るほどの巨大な植物らしく、新宿支署と北支署の双方に出動要請が下ったのである。

熊谷さんと宮前さん、それに白崎さんの3人が現場へ到着すると、アスファルトがいたる所で断裂し、ビルに絡みつくように巨大な蔦のような植物が繁茂していた。蔓の太さは人間の胴体ほどもある。

こんな危険そうなものを野放しにしておくわけにもいかない。早速熊谷さんが植物の凍結を試みる。刀を蔓に突き刺し、直接冷凍魔法を流し込む熊谷さん。徐々に蔦の表面に白く霜が降りてゆく。熊谷さんの華奢な身体のどこにそれほどの魔力があるのか定かではないが、流石に氷雪魔法を使わせたら現役ナンバーワン魔法師と言われるだけのことはある。しかし―

「駄目ですね。全体を凍らせるには私が30人は必要です」

植物があまりにも巨大過ぎる。さすがの熊谷さんも全てを凍らせるには至らず、作戦は振り出しに戻ってしまった。

「どうしましょう、スギウラさんと神木田さんを呼んで植物を燃やしてもらいましょうか?」

凍らせてダメなら燃やす。白崎さんの提案はなかなかの妙案である。植物の絡みついたビルを隔てて反対側にいる北支署の面々も白崎さんの提案に賛成の方針を固めたようである。

「あーでも、それは止めといた方がいいかも」

バイル端末とにらめっこをしていた宮前さんが止めに入る。彼女は現場周辺の大気組成表を画面に表示し、白崎さんに見せる。

「この植物が過度の光合成をしているせいで、酸素濃度が通常の倍以上になってるみたいです。下手に火気を使うと辺り一面焼け野原になっちゃうかも」

北支署のメンバーも頭を抱えている。元々北支署の管区は魔物や妖怪が出やすい地域なので退魔師の割合が高く、魔法師が少ない。この状況に即応して魔法師を派遣することは難しいようだ。そもそも今現場に来ている北支署の3人は陰陽師、退魔師、戦鬼という組み合わせである。

「おまたせ」

現場で一同が作戦を考えていると、大型バイクに跨ったスキンヘッドの男が来た。北支署の土方署長補佐である。時を同じくして、新宿支署からも第2係の新城係長が到着している。

「じゃあ参りますか」

新城係長はそういうと鉄扇を取り出し、右へ左へと振りはじめる。彼女は魔法師ではなく、私や土方、米長さんと同じ外部出力型の魔法使いである。これは女性魔法使いとしては極めて珍しく、日本だと新城係長を含めても4人程度しかいない。そんな彼女が魔法を展開すると、次から次へとセミが集まってくる。だが様子が尋常ではない。セミは木から飛んでくるのではなく、地面からまるで湧いてくるように出現している。中には翅が大きく欠損しているもの、脚が足りないものもいる。

人形使い』。新城係長の固有魔法は、一般にはそう呼ばれている。だが操る対象は何も人形である必要はない。普通の生物の形をしていて、魂が入っていなければ良いのである。例えば死体など―

「やっぱりこの時期はまだまだ転がってますねえセミの死骸」

新城係長はそう言いながら、セミのゾンビを一斉に巨大植物に纏わりつかせる。その数は実に数千匹に及ぶ。その大量のゾンビゼミに一気に樹液を吸い上げられ、さすがの巨大植物も徐々に萎みはじめた。さらに白崎さんも魔法を駆使して巨大植物の傷口からキノコを発生させ、じわじわと栄養を吸い取って行く。1時間もすると、巨大植物は明らかに生命力の低下した姿に変わっていた。

「やるぜ」

土方が叫び、巨大なイチ○ク浣腸のような形をした金属製の杖を取り出した。魔法を展開してバクテリアを侵入させ、徐々に植物を発酵させてゆく。周囲の酸素濃度の高さも相まって、にわかには信じがたいスピードで巨大植物が分解してゆく。役目を終えて死骸に戻ったセミも一緒に分解されて行く。周囲に猛烈な異臭が立ち込める中、どんどん消失してゆく元巨大植物だった物体。

数時間後、現場には物凄い量の腐葉土が堆積していた。そのまま放っておくわけにもいかないので、白崎さんが腐葉土に植物を発生させる魔法を使い、現場は一面のコスモス畑と化した。土方ら北支署の面々はそれを見届けると帰っていった。熊谷さん白崎さん宮前さんと新城係長も、山手通りを支署のある方へと引き上げて行った。

新城係長から報告書を受け取った私は、他の3人に休養を取るよう指示した。無数のセミのゾンビを見せられた上に異臭を嗅がされた3人は、いかにも疲れていた。茜ちゃんが宿直室に布団を準備しておいてくれたので、3人ともそこに転がってテレビで女児向けアニメを観はじめた。私は報告書に決裁印を押し、土方に電話で礼を述べてから家路についた。

(つづく)