第24話

依水初海と瀧貴樹の両人が支署を訪ねてきたのは、先日の宇宙怪獣の事件から1か月あまりが過ぎた頃だった。特生自衛隊(と銀色の巨人)の活躍によって宇宙怪獣の撃退には成功したものの、龍ヶ守町はメチャクチャになってしまい、住民の帰還は困難な状況であった。

龍ヶ守湖自体が隕石の落下によるクレーター痕とされているが、どうも数百年~千年周期であの一帯に現れて人間を捕食していたのが件の宇宙怪獣だったというのが、科特庁巨大生物研究局の見解であった。

ということは湖を作ったのは隕石ではなく宇宙怪獣だったのかもしれない。真相は不明だが、今確かなことは龍ヶ守町は廃墟となっており、住民は名古屋や東京に分散して移住しているということだけである。依水家は東京を選択した。初海嬢の妹がちょうど中学校に進学するタイミングだったので、都内の私立中を選んだらしい。

連れ立ってやってきた二人は私や熊谷さんに挨拶をして、将来は科特庁に入って今度は人を助ける仕事に携わりたいと言う。そこで私は、二人に科特庁の構造を説明することにした。

科特庁、正式には科学特捜庁は大きく分けて3つの部門に別れている。旧科学特捜隊の流れを汲む科学部門、旧魔法庁・陰陽寮・猛士・退魔師協会などが統合された非科学部門、そして行政事務を担当する総務部門である。昔は魔法庁の方が科学特捜隊よりもはるかに大規模な機関だったが、過去の紛争の責任を問われるように科特隊に吸収合併されてしまった。

科学部門には5つの部がある。それぞれの部長ともなると、規模的には大企業の社長に匹敵するほどの権限を有することになる。装備部は装備の研究・開発を行う装備開発課と調達を行う資材管理課からなる。ジェットビートルやG5Xユニットから抗核バクテリア、果ては私たちがデスクで使うコンピュータ端末まで、ここの部署が調達してくるのだ。

宇宙部はその名の通り、宇宙に関する業務を担当している。先日の一件でもお世話になった迫水隊長の率いる宇宙観測隊と、宇宙物質の実用化を目指す宇宙資源研究課の二つの部署で構成されている。

防衛部は庁内で最大の部署である。航空宇宙技官学校を傘下に有しており、早田教授ら往年のエースパイロットがそこで教鞭をとっている。巨大生物研究局と巨大生物対策課は2課共同での業務が多い。そして縁の下の力持ちとして欠かせないのが関連機関調整課である。実際の防衛戦闘に際し、警察や自衛隊とスムーズに共闘できるのはこの課のおかげといっても過言ではないだろう。

超能力対策部は科特庁内でも歴史ある部署の一つだ。民間で行われてきた超能力研究を国が統合したESP研究所を傘下に持つ。超能力者の登録と管理を行う超能力者監理課は、魔法庁の超能力者版として発足した由緒ある部署である。そして実際に超能力を悪用した犯罪に際し警察と連携して捜査にあたる超能力犯罪対策課がある。

亜人部は3年ほど前に新設されたばかりの部署である。亜人というのも定義が曖昧な存在であるが、主に狐娘・犬娘・天狗・雪女・鬼(戦鬼ではなく生まれながらの鬼)などの、人間社会の中で生活している半人半妖の人種を指す。それら亜人の戸籍を作成し、現存者の数や動向を記録している亜人戸籍課と、密漁者に狙われやすい狐娘・犬娘・雪女を守ったり迫害された鬼の人権回復に努めたりする亜人保護課の2つの課がある。

一方、非科学部門は3つの部を有する。特殊職員部は旧陰陽寮・猛士・退魔師協会が合併して発足した部署であり、そっくりそのまま陰陽課、戦鬼課、退魔師課の3つの課で構成されている。そのため課の規模が他の部署よりも大きく、ここの3つの課のみ例外的に副課長という役職が存在する。

旧魔法庁は2つに割られている。一つは魔法・魔術管理部である。魔法学校を運営する魔法科教育課、魔法師の登録管理を行う魔法師管理課、魔法師でない魔法使いを管轄する魔術師課の3つに分かれている。魔法師は家柄を重視しがちで、そのことが選民思想の源流となり紛争を引き起こしたことから、ここの部長には魔法師がなることは出来ないと内規で決まっている。

もう一つの魔法・魔術研究部は魔法大学校、戦略魔法研究所、魔法史研究所を管轄しており、ここの部長職が現在魔法師が就くことを許されている最高位の職位である。なお余談だが、宮前さんの父は戦略魔法研究所の所長である。

総務部門はこれ以外の全部を取り仕切っている。北海道・東北・関東・甲信越・東海・北陸・関西・中国・四国・九州・琉球の各方面本部、経理部、監理部、監査部、広報部、人事部などがある。

「…とまあ、科特庁の内部構造はこのような感じになっています。それぞれの課の中に係があり、職員がいるというわけですね」

私が長い説明を終えると、貴樹少年と初海嬢は頭から湯気を噴き出していた。

「ちなみに科特庁の採用ですが、魔法でも超能力でも何かしら能力を持っている人ならばほぼフリーパスで採用されます。なにしろ人手不足ですからね。そうでない職員に関してはかなり採用条件は厳しいです。パイロットや現場戦力は自衛官に匹敵する厳しい訓練を通過した人しかなれませんし、事務職員は国家公務員試験に合格した人しかなれません」

私の言葉を聞いて表情を強張らせる二人。尤も、この二人は夢を通じて出会うという離れ業を経験している。聞けば事件の解決後には、お互いに相手の視点で物事を見聞出来るようになったという。貴樹くんに胸の谷間を覗かれるのだけは勘弁してほしいんですけどね、と初海嬢。

私は二人の思考と記憶を見てみたが、どうやら高いレベルで思考がシンクロしたために記憶の混信が発生したようだった。このような事態は一卵性双生児以外では滅多に見られない事象である。二人とも超能力者枠で入庁を目指すのが一番手っ取り早いだろう。何しろ人手不足である。

二人を見送って表へ出ると既に夕方になっていた。秋の風が吹いており、すっかり涼しくなっている。もう半袖のワイシャツじゃなくてもいいな、と思いながら私は庁舎内へと戻った。

(つづく)