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第22話

SSのような何か

龍ヶ守町は思いのほか遠かった。岐阜県内には岡田先輩の高山支署の他に大垣支署があり、名古屋の東海方面本部・豊川支署・四日市支署・賢島支署・熱海支署・駿府支署および浜松支署とともに東海方面部を構成している。高山支署は東海方面部では一番西北端に位置しており、龍ヶ守町はその高山支署からさらにバスで2時間かかる距離であった。

町役場の前にバスが停車したので私達はぞろぞろと下車した。ずっと都内勤務の熊谷さんはバス運賃の高さに驚いていた。龍ヶ守町は四方を飛騨山脈の高峰に囲まれた田舎町である。龍ヶ守湖というカルデラ湖の湖畔にある町で、人口は1万人に満たないが、稲荷信仰が盛んだった名残からか狐娘の数は多く、町民としてカウントされている。龍ヶ守湖では、科特庁の前身にあたる科特隊時代に何かの事件の調査が行われたようだが、詳細は特定秘密となっており調べられなかった。

問題の少女―依水初海は町役場の玄関前に来ていた。我々が連れてきた瀧貴樹少年と初めて対面した彼女はその場にへたり込むほど驚いていた。瀧少年も同様だ。お互い初対面であり、素性も名前も知らないはずの二人。「全くの赤の他人だけど、夢に出てきた人」が目の前に現れたら私だって驚くだろう。

私たちは役場内の会議室を借りて初海嬢の夢を調べることにした。本来ならば高山支署管内での業務なので、岡田署長から指名された高山支署の職員数名も同席している。

「夢の内容を、差し支えない範囲でかまいませんので思い出してください」

私はそう言うと、彼女の記憶にアクセスして内容を解析していく。内容は確かに凄惨なものだった。青い光球が町の上空に現れ、何やら不気味な生物とも鉱物ともつかないものが町中にばら撒かれる。それが町民に次々と襲いかかり、命を奪ってゆく。身体を切断されるもの、空中へ連れ去られるもの、光球に接触して火だるまになるもの…夢の中の初海嬢はそれを呆然と見ている。やがて自分の方へ光球が飛んできた瞬間、誰かに手を引かれて難を逃れる。手を引いた瀧少年が語りかける。ここはもう駄目だ、逃げろと―夢はそこで途絶していた。

「私の家の神社は、災害の度に変なことが起きるんですけど」

初海嬢が話し始めた。

「今回は神社には何も起きてないんです。だから私の杞憂だと思います。ただ―」

「ただ?」

聞き返す岡田署長。

「この夢を見た次の朝、自宅の先祖代々の遺影が落っこちてたんです。地震があったわけでもないのに」

それで気になって―と初海嬢。

「洲本さん、地球に向かって飛来している物は何かありませんか?」

私に聞かれるまでもなく、洲本さんは占術を開始していた。彼女は陰陽師であり、魔法師や戦鬼のように直接戦闘を行うのは不得手だが探査や索敵はお手の物であった。

「いくつか見えました。ほとんどはいわゆるスペース・デブリですね。放っておいても大気圏に届く前に燃え尽きると思います。ただ、一つだけ生命反応が感じ取れるものがあります」

と洲本さん。万が一それが宇宙怪獣だった、などとなると初海嬢の夢を杞憂などとは言っていられない。私はスマートフォンを取り出して、方々に連絡を入れ始めた。

4時間後。町役場の会議室では本格的な「会議」の準備が完了していた。参加者は米長コマンダーとその補佐官である私。高山支署の岡田署長とその補佐官。科特庁宇宙観測隊の迫水隊長。同巨大生物研究局のヤマネ博士と村松課長。警察からは怪獣災害の度にお会いするのですっかり顔なじみになってしまった特殊生物災害対策室長の一條警視とその補佐官。そして特生自衛隊の池元幕僚長とその副官2名。以上12名である。

成層圏からのレーダー解析の結果、生命反応のある隕石を捕捉しました。全長は60メートル程度。内部にどのような生命体がいるのかは不明です」

迫水隊長が報告書を読み上げる。

「この隕石への信号送信に対し、現段階で返答はありません。宇宙船の可能性は低いでしょう。単体の生命体、即ち宇宙怪獣である可能性は否定できません」

続いて村松課長が報告する。

「60メートル級の宇宙怪獣となると相当に厄介ですな。本州への落下は間違いないんですかね?」

と池元幕僚長。

「軌道計算の試算では間違いなく龍ヶ守町へ直撃します。いっそ本土攻撃と見做して政府に破壊措置命令を出してもらえませんか?」

私の返答に一同そろって暗い表情になる。破壊措置命令は難しいでしょうな、と頭を振る池元幕僚長。

「地域住民を避難させますか」

一條警視がきわめて常識的な提案をしてきた。

「隕石の落下、というだけならそれも有効ですが宇宙怪獣となるとパニックになるかもしれません。それに怪獣に知能があれば、避難した方向を狙って移動してくる可能性も捨てきれません」

と岡田署長。

さらに5時間後。ああでもないこうでもないと議論と突き詰めた末、ようやく作戦の策定が完了した私達は町役場を後にし、それぞれの持ち場へ散った。

私はカーボン製の杖を取り出し、魔術コードを展開していく。対象は全町民、10年前の抗争でさえ使われなかったレベルの大規模な魔法だ。町民すべての記憶にアクセスし、偽の情報を挿入する。「今日は防災訓練だ。町の外れの体育館へ行かなければならない」という偽の情報を。

私達ウィザードの魔法は魔法師のそれとは違い、外部のエネルギーを利用して撃つものである。魔法師がジェネレーターならウィザードはコンプレッサーだ。大規模な魔法を撃てば、必然的に外部のエネルギーはみるみる減っていく。外部から十分にエネルギーを吸引できなくなったので、私は体内の回路を起動してエネルギーを補てんする。ウィザードの体内回路は補助電源に過ぎない。魔法師のそれが車のバッテリーならウィザードのそれは乾電池程度だ。身体への負荷が大きくなり、関節という関節が悲鳴をあげ始める。見かねた熊谷さんが魔力エネルギーを送信してくれる。全町民の記憶の書き換えが完了する頃には、私はエネルギーを使い切って立っているのがやっとだった。

深夜。この日は新月で、龍ヶ守町では街灯のかすかな光以外は何も見えなかった。青い光球が落下してきたのは、町役場から300メートルばかり離れた住宅街であった。その光球から金属製の虫のような不気味な生命体がゾロゾロと姿を現す。彼らの眼はサーモグラフィーのような構造をしており、餌となる人間の体温を見つけて民家の方へ動き出した。

1分後。爆発音とともに血液を飛び散らせたのは町民、ではなく金属生命体の方であった。他の場所でも次々に爆発し息絶えてゆく金属生命体たち。

「どうやら第一段階は成功ですね」

戦場と化した町からやや離れた、依水家の神社の境内に設けられた臨時の作戦本部で一條警視がつぶやく。

宇宙からの襲撃者がサーモグラフィーで見つけ、餌だと思っていたもの。それは餌となる無抵抗の町民などではなく、完全武装した警察・特生自衛隊・科特庁のG5Xの統合部隊であった。同一機材ながら、3者のG5X3は細部に違いがある。グリーン基調の迷彩塗装を施された自衛隊のG5Xは、元々小型怪獣との戦闘を想定しているので3者の中では最も重武装である。強化徹甲弾を装填した自動小銃を携えているほか、サブウェポンとして無反動砲や火炎放射器も携行している。

メタリックブルーの警察仕様機材はオールラウンダーだ。自衛隊機には火力で劣るものの、戦車の装甲程度なら貫通する大型の拳銃と、刀身を加熱して金属さえ切断可能なヒート・ダガーを装備しており、金属生命体の外骨格を容易に破壊していく。

ガンメタリックに塗装された科特庁機材は、攻撃力では最も劣るものの超能力者専用に調整されているため、他の2者では使用できない念動力での攻撃が可能である。我が新宿支署からもホリ隊員が参戦している。

私が記憶をすり替えて避難させた町民は、町外れの体育館に集合している。熊谷さんが周囲に冷気魔法を放射して、サーモグラフィーをすり抜けさせたのだ。

金属生命体は1匹、また1匹と数を減らしてゆく。だがこいつらは働き蜂に過ぎない。まだ親玉である青い光球がいる。

「総員、光球の動向に留意せよ」

池元幕僚長から指示が飛ぶ。矢継ぎ早に作戦行動を進める私達の様子を二人の若者、依水初海と瀧貴樹は緊張した表情で見つめている。

「本体がくるぞ!第二段階へ移行!」

池元幕僚長の指示が飛ぶのとほとんど同時に、青い光球が裂け、中から怪獣が姿を現した。蛾と蜂を足して2で割ったような顔と、金属光沢を放つ2足歩行の身体。背中には羽がついている。

G5X部隊は勝ち目のない戦闘は避け、一斉に退却する。それを追いかけようとする宇宙怪獣の前に、龍ヶ守湖から飛び出したスーパーX2が割って入った。3種のスーパーXシリーズの中で唯一の無人操縦機であるこの機材は、無人操縦という特性ゆえに潜水行動が可能なのだ。

宇宙怪獣の放つ火球を反射させるスーパーX2だが、怪獣に対し兵器が効いているとは言い難い状況である。戦闘は次第に膠着状態になっていた。両者は戦いながら次第に神社の方へ移動してきたので、私達は山の裏にある森林管理事務所まで後退することを決定した。

初海嬢と貴樹少年を最初に避難させ、私達は神社の境内を出た。ふと見ると、山へ続く道に誰かがいる。黒縁の眼鏡をかけた初老の男性だ。私は声をかけに近寄ろうとしたのだが、その刹那に彼を赤い光球が包み込んだ。次の瞬間に私が見たもの。それは全長50メートルはあろうかと思われる、銀色の巨人であった。

「シュワッチ!」

巨人はそう叫ぶと宇宙怪獣に飛びかかった。突然の出来事に、歴戦の猛者である迫水隊長や村松課長、池元幕僚長らは呆気に取られている。しかし私はこの銀色の巨人を知っていた。いや、知っていたような気がした。昔どこかの博物館で見た、中東の古代都市バラージの遺跡発掘物の展覧会に出ていた石板に刻印されていた救世主。ノアの神と呼ばれていたレリーフに、その巨人は酷似していたのだ。

「ノアの神は実在したのか…」

私がつぶやいている間にも、銀色の巨人は宇宙怪獣を圧倒していた。ついに怪獣を身動きできなくなるまで追い込んだ巨人は、レリーフのノアの神と同じように両腕を十字に組んで―私が魔法を撃つ時によく真似をするポーズだが―白い光線を放った。光線の直撃を受けた宇宙怪獣は、跡形もなく消し飛んでいた。

「ヂュワッ!」

銀色の巨人はそう叫んだかと思うと、どこかとんでもなく遠い所へ飛んで行ってしまった。あるいは宇宙まで飛んで行ったのかもしれない。

翌朝。戦い済んで朝がくると、町の惨状が明らかになった。住宅は9割が全壊もしくは半壊、我々が作戦会議をした役場も崩れていた。鉄道も線路が破壊され、しばらくは運休となるだろう。だが幸運にも町民に犠牲者は一人も出ていなかった。町長も、町の防災課の職員も「計画した覚えのない」防災訓練のおかげで、町には誰もいなかったのである。宇宙怪獣については、特生自衛隊がスーパーX2による飽和攻撃で倒したと公式発表された。

「池元幕僚長、なんとお礼を申したものか…」

「いえいえ、仕事ですから」

池元幕僚長はいたずらっぽく笑い、ヘリで東京へ戻っていった。

今回の事件の発端となった瀧少年と依水嬢の夢。二人は私達に一通り感謝の言葉を述べた後、二人っきりで話をしていた。あの二人の恋愛が成就するか否かは私にはわからない。それこそ依水神社の神のみぞ知る、である。

バスと電車を乗り継いで東京に戻ると、決済未了の報告書は一つもなかった。さすが神楽坂である。葵ちゃんと陽ちゃんは私達の帰りを首を長くして待っていたようで、陽ちゃんは尻尾を振り振りしながら飛びついてきた。葵ちゃんはその後ろから照れくさそうに抱きついてきた。私が男汁を出さないよう必死に堪えているのを、後ろで見ていた熊谷さんと宮前さんは爆笑していた。明日からはまた実調の報告書との闘いの日々が待っている。

(つづく)