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第21話

SSのような何か

今年度の変わり目に本庁へ異動した神楽坂だが、自宅が新宿区内にあるため新宿支署へはちょくちょく顔を出していた。去年までの新宿支署の第1係長であり、現在は本庁勤務の統括係長となった彼は、この日も新宿支署へお茶を飲みに来て私達と他愛のない雑談をしていた。

「ところで、高山支署の岡田署長から相談が来てるんだけど」

雑談の途中、神楽坂は唐突に切り出した。

「高山、というと岐阜の?何でまた急にー」

岡田署長は私もよく知っている人物だ。旧科特隊では私達の先輩だった。学生時代は地脈の研究をしていたそうで、高山支署へ赴いたのも山が多い地方への勤務を希望していたからであった。しかし地方からの陳情ならば本庁で対応するものだ。わざわざ新宿支署に話を持ってきたということは、余程特殊な相談だったのか。

「まあ、何にせよ詳しい話は岡田さん本人に聞いてみてよ」

神楽坂がそう言うので、会議室にいつものビデオ通話のシステムを用意して高山支署に繋いでもらった。署長からの相談なので、とりあえずは同格の署長が対応すべき事案もあるかもしれないということで、米長コマンダーも同席している。

「岡田先輩、お久しぶりです」

私は画面の向こうの、40歳手前の中年男性に挨拶の言葉を向ける。

「お〜島やんに米長さん。お久しぶりです」

岡田署長は東京にいた頃よりも心なしか活き活きしているようにも見える。やはり山の暮らしが好きなのかもしれない。高山支署は山岳での仕事が多いため、署でヘリを保有しているのが特徴である。

「我々にご相談というのは?」

挨拶を手短に済ませ、私はすぐに本題を切り出した。

「うん。ウチの管轄区域に龍ヶ守という町があってね、そこに住んでいる高校生の女の子から通報があったんだよ。その子はウチの署員の後輩で、御実家は700年続く古い神社なんだが、最近その子が奇妙な夢を見るようになったということで相談に来たんだ」

なんだか聞いたことのあるような前代未聞のような、よくわからない話である。

「夢、ですか。その子は予知夢とかをよく見るタイプなんですか?」

後ろから矢吹係長が質問を挟む。古い神社の跡取り娘ともなると、神がかりとでも言うべき奇妙な予知夢を授かりやすいタイプの娘も少なからずいるものだ。

「いや、少なくとも予知夢を見た経験はないそうだ。ただ今回の夢はあまりにも生々しかったらしくてね」

と岡田署長。いずれにせよ、違和感を感じたらすぐに通報するというのは良いことである。

「で、その夢の内容は?」

私の質問に、岡田署長はしばらく説明内容を整理していたらしく、数秒の沈黙ののちに口を開いた。

「空から何か危険なものが出現して町民が全滅するという夢だったそうだ。一瞬で燃え尽きる妹、生きながら焼かれる友人たち、血まみれで崩れる老人たち…そういう惨劇の夢だとか。で、夢の最後で同年代の少年から警告されたそうなんだが、その少年の背後に見えたのが新宿の街並みだったんだとさ」

なるほど恐ろしい夢だ。

「で、それを何故本庁ではなく我々に?まさかその少年を探せとでも?」

「さすが島やん、察しがいいな…少年については名前も住所も何もわからん。だが島やんの魔術を使えば探せると思ってね」

そうきたか。岡田署長の言葉に私は思わず唸ってしまった。

「…その少女は今そこにいますね?」

私が質問すると、岡田署長は少女を入室させた。肩のあたりまで伸びたしっとりとした黒髪と薄墨色の瞳を持つ色白な少女だ。名を尋ねると依水初海です、と答えた。

「では依水さん、その夢に出てきた少年の顔と声を思い浮かべてください」

私の指示を受けて少女は必死に夢の中身を思い出そうとしている。私は呪文コードを起動して少女の記憶を読み取っていく。ほどなくして、都庁ビルを背に険しい表情で語りかける少年の映像にたどり着いた。

「ありがとうございます。思いのほか鮮明なイメージなので探せると思いますね」

私はそう請け合うと、後ろを振り返って米長コマンダーに話しかけた。

コマンダー、管区内のあらゆる住民の思考・記憶を『閲覧』します。よろしいですね?本当にやりますよ?」

一歩間違えば魔術管理法違反であるため、いつになく強い口調で念を押す。だがコマンダーは動じない。

「かまわんよ。やってくれ」

正式に許可が下りたので、私は呪文コードを再展開する。さながら漁船のソナーのように、街往く人々の記憶を探知し、閲覧していく。人間の思考と記憶はコンピュータに似ている。思考はCPUによる演算、記憶はメモリだ。それらが暗号化されている。私の魔法の本質は、その暗号を通常の日本語に変換して読み取るというものだ。書き込みも日本語ですれば勝手に暗号化してくれる。

私が子供だった頃、初めてこの魔法を使ったとき私はこれを超能力の一種だと信じていた。俺はエスパーだ、凄い能力を授かったんだと。だが魔法庁の役人だった父は私の能力が魔法だとすぐに見抜いてしまった。そして父は私に言った。お前の魔法は日本では邪道扱いされるだろう。それを活かして食っていくのは難しいから、手堅い仕事に就け、と。そんな父は10年前の抗争直前に病死してしまったが、私は父の言葉通り地方の役所に就職した。それが今、こんな仕事をしているのだから人生はわからないものだ。

およそ13万人ばかりの頭の中を覗いた頃、ついにいくつかの有力な情報の発見に至った。少年の名は瀧貴樹、新宿区内の私立高に通っている。天文学が好き。高田馬場の喫茶店でアルバイトをしている。そして私はとうとう瀧少年自身の記憶にも到達した。彼の記憶の中の夢を閲覧していると、驚くべきことに彼も名も知らぬ少女―何かに追われ、巫女装束を血に染めながら助けを求める少女―の夢を見ていた形跡がある。その少女こそ、他ならぬ依水初海であった。

「これ関係ないわけないよねえ…」

私はそうつぶやくと、展開していた呪文コードを終了した。

「熊谷さん、白崎さん」

そして私は二人の職員を呼んだ。

「あなた達二人で高田馬場実業高校に向かってください。今回は実調ではなく人探しです。ある生徒を連れてきてもらいます」

私の依頼を受けた二人はさっそく該当の高校の制服―女子の夏服は白いワンピースだった―を身に纏い、駆け出していった。

「本当に例の少年を呼ぶのか?夢の中身が偶然マッチングすることくらい、人間が1億人もいればたまには起こるだろうに」

と米長コマンダー

「確かに夢の内容のバッティングは偶然起こるかもしれませんが、今回の少年の夢は『記憶』のはずなのに日付が2018年、つまり未来付でした。もちろん彼の脳が何らかのバグを起こしている可能性もありますが、これを偶然として片づけてしまうのは私には些か危険に思えてなりません」

と、私が熱弁を振るっていると熊谷さんと白崎さんが件の瀧少年を連れて戻ってきた。目鼻立ちの整った顔に細身の身体、あまり高くない身長。瀧貴樹少年は、パッと見は特に変わったところのない普通の高校生であった。

「瀧貴樹くんですね?初めまして、科特庁新宿支署、署長補佐の島畑と申します」

とりあえず挨拶もそこそこに、私が差し出した名刺を困惑しながら受け取る瀧少年。

「早速ですが本題に入らせていただきます。君は最近、血まみれになって逃げ惑う女の子に助けを求められる夢を見ましたね?」

私の問いかけを最後まで聞くまでもなく、瀧少年は私に飛びかからんばかりの勢いで身を乗り出してきた。

「そうなんです、早く助けないとアイツは―」

彼はどうやら夢の内容を信じ込んでいるようだ。2年後の夢。おそらく妖怪でも怪獣でもない、より超越的な何か(それこそ我々が『神』と呼んでいる存在)が瀧少年に未来を見せた可能性はきわめて高い。だとしたら何のために?依水初海を救うために?それとも龍ヶ守町の滅亡を防ぐために?私の最も得意な魔法をもってしても、そこはあの夢の情報からは判断できなかった。

「行きますか、龍ヶ守町へ―」

私が出した結論はこれであった。他の参加者を募り、茜ちゃんに新幹線の予約を取らせる。瀧少年にも同行してもらわねばなるまい。彼の高校の欠席手続きは神楽坂に丸投げし、ついでに私と米長コマンダーの留守中の支署の管理も彼に一任した。とにかくこういう時は早目、早目の行動が大切なのである。

(22話に続く)