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第17話

緊急を通告するアラームが鳴動したので、私は宿直室の布団の中で目を覚ました。時計を見ると午前3時34分であった。しかし夜明け前だからといって無視するわけにもいかないので、私はTシャツに短パンというラフな服装のまま階下の新宿支署の設備を立ち上げに向かった。宿直室のフロアも執務室のフロアも、狐娘の姉妹―茜ちゃんと葵ちゃんが来てからは見違えるように整理整頓され綺麗になっている。

午前3時50分頃。女子宿直室にいた熊谷さんと宮前さんが降りてきた。二人が給湯室にコーヒーを淹れに行ってしまったので、私は引き続き開庁に向けた準備を一人で進めていく。4時に米長コマンダーに緊急出勤を要請した。コマンダーは自宅が遠いので出勤は早くとも6時頃だろう。

空に朝焼けが浮かび始める午前4時半過ぎ、上の寮で寝ていたスギウラさんも起きてきた。茜ちゃんと葵ちゃんはまだ眠っている。招集をかけた係長級のうち、奥さんと旅行中の秋山係長以外の3名が庁舎に到着した。そして午前5時半を回る頃にはコマンダー以外の職員が出揃い、6時前には米長コマンダーも到着した。

「巨大生物の子安沖への接岸が確認されたと科特庁本部から連絡がありました。詳細はまだ判明していないようですね」

私は緊急招集の事由を説明しながらテレビ通話の回線を接続した。科特庁の本庁、品川支署、川崎支署に警察庁の特殊災害対策部。それに特生自衛隊の関係各所が一堂に会してのテレビ通話はなかなか壮観である。

「ソナーに映った影から見て、コードネームGと呼称される怪獣であることはほぼ間違いありません」

そう断言するのは科特庁巨大生物研究局長のヤマネ博士である。彼の祖父は高名な古生物学者であった。

なかなか厄介な怪獣だ、と米長コマンダーの後ろで通話を聞いていた私は思った。コードネームGというのは全長30メートルはある巨大な肺魚のような怪獣である。尤も肺魚などという生易しい生物とは似ても似つかない、這いずり回るだけで各所に被害をもたらす迷惑きわまりない存在である。また厄介なことに体内に原子炉のような機構を備えているので、迂闊に火器攻撃での撃退も出来ないのである。

「Gは子安から蒲田方面に進路を変えています。大森海岸付近からの上陸、または目黒川の遡上が考えられます」

警察の担当者が進路予測を述べる。私はこの警察官とは面識があった。過去のワームホール騒ぎで何度か顔を合わせている。

「したがいまして警察では、特殊車両とG5Mユニット部隊を品川・大森・蒲田地区に展開させ、地域住民の避難救助に全力を注ぎます」

G5MはG5Xの兄弟機であるが、災害救助用の量産機であるため戦闘能力をほとんど持たない。今回は本職の人命救助で出番があるだろう。警察官氏の作戦説明を聞き終えて振り返ると、いつの間に起きてきたのか狐娘の姉妹が不安そうな表情を浮かべている。熊谷さんが緊張をほぐすため、二人の毛づくろいをし始めた。

「では住民の方は警察さんに一任します。我々はG5Xユニットを展開し、上陸してきたGのエラに抗核バクテリア弾を投入します。それと同時進行で関西の研究開発部にGセル凝固剤の用意をさせておいていただきたい」

品川支署の権堂署長が作戦を提案する。抗核バクテリアは日本で特に出現率の高い原子怪獣を鎮圧する汎用装備である。一方Gセル凝固剤は対Gに特化した切り札である。動きを抑制する抗核バクテリアと違い、Gセル凝固剤はGの活動そのものを止めることができるのである。ただしこちらは通常の弾頭では使用できないという欠点もある。

緊迫のテレビ会議とは裏腹に、署内では茜ちゃんが朝食用にと油揚げを甘辛く煮込んでいる。葵ちゃんは酢飯を準備している。熊谷さんと白崎さんは味噌汁を作っていた。宮前さんは野菜につけるマヨネーズを買いに行ってしまった。おお狐娘は本当に稲荷寿司が好きなんだ、などと作戦に全く関係のないことが私の頭をよぎっていた。

「凝固剤はジェットビートルに搭載して伊丹から飛ばすとして、それまでGの動きを足止めする必要がありますね」

米長コマンダーが指摘する。品川・川崎支署のG5X部隊、それに警察からもG5X部隊を派遣してもらうにしても、抗核バクテリアだけで長時間Gを足止めするのは容易ではないのである。

「では我々がやりましょう。厚木のスーパーXと千歳のスーパーX3に出動命令を出します。Xの方はすぐに着きますがX3は30分ほどかかりますがね」

そう切り出したのは特生自衛隊の池元幕僚長である。特生自衛隊の発足当初から在籍しており、現場でも怪獣退治のスペシャリストとして一目置かれている。科特庁も発足当初、彼の口利きで大型妖怪への対抗策を構築してきたものである。

そのころ新宿支署内では朝食の時間になっていた。味噌汁と稲荷寿司をパクついてからコーヒーを飲んでいると、Gは平和島から上陸したとの一報が入ってきた。

現場ではG5X部隊と怪獣Gとの間の戦闘が始まっている。まず品川支署の部隊が抗核バクテリア弾をGのエラに叩き込む。Gの反撃を避けるように建造物の陰に入ると、今度は別の方角から応援の川崎支署の部隊がGの脚めがけて抗核バクテリアを放つ。さらに警察のG5X部隊も参加している。こちらはバクテリア弾を持たないので、Gの進路上の建造物を壊して着々と退路を狭めていく。Gは口から熱戦を吐いて反撃しようとするが、抗核バクテリアの影響で放射性物質がうまく合成されないため臭い息を吐くばかりであった。

そこへ厚木からスーパーXが飛来する。上空からカドミウム弾の釣瓶撃ちでGの放射線エネルギーを着実に削っていく。さらにスーパーX3も合流し、冷凍メーサー砲で徐々にGを氷漬けにしていく。半世紀前のGの初上陸以来、とにかく「放射性物質の力を封じる」戦術に特化してきたのが特生自衛隊の強みであった。

この時、時刻は午前8時である。東京と神奈川を結ぶ動脈路線は悉くストップしているため、通勤客への被害はさぞ甚大だろう。だがGを駆除しなければ被害はその程度では済まない。署員達は皆朝食を終え、固唾をのんで戦況を見守っている。

現場上空に科特庁のジェットビートルの編隊が飛来したのはそれから数分後のことであった。50年前に初号機がロールアウトしてから大小様々なリニューアルを繰り返し、現行機種は第6世代のビートルである。そのビートルの編隊はGの氷塊に照準を定め、矢継ぎ早に凝固剤のミサイルを発射していく。Gの姿をしていた氷塊は徐々に原型を留めなくなり、ついには氷の礫となって四散した。

「どうやら一件落着、ですな」

画面の向こうの池元幕僚長から安堵の空気が伝わってくる。科特庁本庁のヤマネ博士も安堵した様子が伺える。一方新宿支署では坂上がウイスキーの角瓶を持ち込んで葵ちゃんに咎められていた。一連の闘いをモニタを通じて見ていたホリ隊員は

「巨大ロボット兵器を使わずに怪獣を退治するのは逆に新鮮ですね」

とのコメントであった。流石に毎日のように怪獣の湧いてくる世界の戦術を持ち込むのはNGである。そのホリの背後では洲本さんが出した式神を葵ちゃんが追い回して遊んでいる。こうしていると狐というよりは子犬みたいだな、とは豊之内の感想である。矢吹係長は白崎さん島村さんに魔法師教育ビデオを見せているが、はたから見ると女児向けアニメにしか見えなかった。

こうして久々に発生した、怪獣上陸に伴う大規模な自然災害は無事に一件落着となったのであった。

(つづく)