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第15話

SSのような何か

「島村さんに庁舎内の案内をしてあげて欲しい」

他の二人の新人に比べてどうにも性格の大人しい島村さんは、確かにまだ新宿支署の内部構造を把握しきれていないようであった。それを心配したスギウラさんと洲本さんから、このような依頼が私の方へ転がってきたのである。統括係長が忙しいことは前に申し上げた通りなのだが、実調などで外出する機会も少ないので内部の案内には適任と見做されたようだ。

島村さんを連れて正面玄関から入って最初のスペースへ。広々したスペースに飲み物の自販機とベンチだけが無造作に置かれている。

「元々はここに受付と待合スペースを作る予定でした。魔法師や陰陽師の資格登録証の交付や書き換え業務を行う予定でしたので」

私は島村さんに説明する。魔法使いも退魔師も陰陽師も今や国家資格であるため、そうした仕事に就くためには運転免許証と同様の資格登録証を携行することが義務付けられている。元々は科特庁の各支署で発行や更新の受付を行う予定であったが、権力を失った旧魔法庁組の行き場として資格証センターが開設されたため支署の管轄ではなくなってしまったのである。

そこから中庭へ出る。ここはいつも署員達が実技の練習を行っている場所である。天然芝なので足腰への負担が少ないのが売りだ。中庭から反対側の部屋に入る。そこは女性署員のドレッシングルーム兼クローゼットになっている。

「なんだか高校の制服がたくさん置いてありますね」

驚く島村さん。それはそうだろう。ここには管区内のあらゆる高校の指定制服が網羅されているのである。学校というのは思春期の多感な時期を過ごす場所であり、物凄く多くの人が行き交うので、妖怪や魔物がよく惹きつけられて現れる場所である。そのため実調では、若い女性職員が制服を着て潜入することが多い。島村さんも遠からずその役目を担うことになるだろう。熊谷さんや宮前さんはここの制服ストックを普段着がわりに使っているのだが、そこは島村さんには真似しないでもらいたいものである。白崎さんは最近あの二人といつもつるんでいるので手遅れかもしれない。

そこから階段で二階へ上がるといつもの執務室である。ズラリと並んだデスクとノートパソコン。デスクは署員ごとの個性が出ていて面白い。コンピューターを机一面に並べているのは宮前さん。柿ピーの大袋が置いてあるのは坂上。なんだか不気味なお面やお守りのようなアイテムが立て掛けてあるのは秋山係長。民俗学の参考書がズラリと並べてあるのは豊之内のデスクだ。神木田さんはエアコンが苦手らしく、椅子にカーディガンがかかっている。執務室の奥にはパーテーションで区切られた私のデスクがある。そのすぐ横に、文書交換便の受け渡しポストが設置されており、実調の依頼書がここに届くようになっているのだ。

「この奥は署長室です。今日はコマンダーは本庁で会議なので不在ですけどね」

私はそう言い、署長室のエアコンがつけっ放しになっているのを消して三階へ向かった。島村さんは自分のデスクからメモ帳を取り出して、小走りについて来る。

三階には会議室がある。先日、島村さん達の採用面接を行った部屋だ。基本的に本庁から人が来ることは少ない新宿支署だが、業務の都合上警察関係者や自衛隊と話し合いをする機会はそれなりにある。その時に使用されるのが、この会議室である。この階には他に給湯室と休憩室もある。庁舎内に食堂がないので、職員は昼休みには休憩室に集まって弁当を食べていることが多い。

「島村さんも昼休みに休憩室に行くと先輩職員から色んな話が聞けるので、ぜひ使ってください」

島村さんは自分のデスクで静かに昼食をとっていることが多いので、是非とも休憩室で色んな職員を絡んでほしい。特にスギウラさんは喋るのが好きなのですぐに仲良くなれると思う。セクハラされるだろうけど。

四階は宿直の職員用の宿泊設備がある。風呂場と、布団を敷ける和室が設置されている他、洗濯機も置かれている。宿直は毎日置かれているわけではなく、日を跨ぐような任務が発生した時に使用される。和室は男女で別れているが、私が昔豊之内と宿直で一緒になった時はいびきがうるさすぎて眠れなかった。隣の部屋まで響いてくるので、豊之内と同時に宿直する時は耳栓を持ってくるよう、私は島村さんにアドバイスしておいた。男用の宿泊部屋には冷蔵庫があり、坂上がビールを冷やしている。宿直中に飲まれるのも困りものなのだが…

五階の資料室と屋上を案内して、一通り庁舎案内は終了した。島村さんはといえば、途中秋山係長のお面に驚いて腰を抜かしたり、給湯室で誰かが蓋を閉め忘れて気化したウォッカを吸い込んで倒れそうになったり、資料室で水系統の魔法の古い参考書を見つけてはしゃいだりしていたが、無事庁舎内の間取りを覚えてくれたようである。

今後は島村さんの指導を誰に頼んだものか。熊谷さんと宮前さんは白崎さんと親密になりすぎている。スギウラさんは優秀で指導力もあるが既に神木田さんの指導を担当している。洲本さんや新城係長は能力の系統が違い過ぎる。いっそ熊谷・宮前コンビに二人指導してもらうべきか―

「うふふふふ、お困りのようですね~」

緊張感のない声がしたので私が振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。年の頃は27歳か28歳くらいだろうか?黒い髪の毛をポニーテールに結っている。私は自分の記憶の海の中を必死に探し回り、10年前の紛争の頃の記憶にたどり着いた。

「おや、君はもしかして矢吹さんですか?10年前の抗争で魔法庁の高井戸隊に在籍していた」

私の記憶の中の矢吹さんは高校生だったので、会うのはおそらく10年ぶりで間違いないだろう。高井戸隊というのは当時の魔法庁内でホルデモット卿の思想に反発したウィザードの高井戸さん(現在は横浜支署長)が設立した部隊である。高井戸さんと米長コマンダーは付き合いの長い友人同士だったので、我々も情報入手の面で大いにお世話になった。矢吹さんはその高井戸隊に参加していた魔法師だったのである。

「正解です。久しぶりですね島畑さん」のほほんとした調子で答える矢吹さん。

「昨年度まで係長として横浜支署にいたんですが、本庁からネパール研修を命じられていまして。研修が終わって戻ったら米長さんに誘われたので、こちらでお世話になることにしました」

という矢吹さん。どうやら米長コマンダーも係長の人数不足は気にしていたらしい。私はちょっと感心してしまった。

「では矢吹さんには4係の係長をお願いします。洲本さんには副係長をやってもらいますので詳しいことは彼女に聞いてください。それと島村さんの指導をお願いします」

私はこれ幸いとばかりに色々と彼女に任せることにした。矢吹係長は年齢とキャリア的には新城係長に似ているが、能力の系統はだいぶ違っている。新城さんは女性には珍しいウィザード(ウィッチ)だが矢吹さんは正統派の魔法師である。島村さんの指導役にはうってつけだ。

「お~い島やん戻ったぞ~。お土産として矢吹ちゃんもらって来たぞ」

米長コマンダーも会議から戻ってきた。また組織図とデスクの配置を変更しなきゃな、私はそんなことを考えながら、コマンダーの部屋へエアコンを付けに走った。

(つづく)