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第13話

曇り空が広がり、猛暑が小康状態となっていたある日。いつも通り実調に向かう3名の職員の姿があった。熊谷さんと白崎さん、それに坂上の3人である。今回は庁舎からやや遠い、練馬区南部の関町での実調である。この地は道一本隔てて吉祥寺のある武蔵野市に隣接しており、彼女たち3人のいる場所から1キロ程度離れた武蔵野市内では吉祥寺支署の署員達が同じように実調を行っている。

「今日の調査対象、なんか不気味っすよね」

いつになく真面目な顔で坂上が会話を切り出す。

「なんだかよくわからないけどとにかくデカくて不気味な亀、でしたっけ。統括係長があのような歯切れの悪い物言いをするのは確かに珍しいですね」

熊谷さんが返答する。彼女の最も頼りになる相方である宮前さんは、今回は研修に参加していて実調メンバーからは外れている。白崎さんは本来ならばまだ戦力として前線に出すのは早いのだが、人手不足なのでやむなく今回の実調に参加している。

「あ、あそこに戦車みたいに大きな亀がいますよ」

その白崎さんが件の不気味な亀に気がついた。見るからに不気味なオーラを垂れ流す亀であった。そもそも本当に亀かどうかも定かではない。四本の脚はその巨体に不釣り合いなほど細く、甲羅には草や灌木が繁っている。顔は亀というよりは大蛇のように細長く、東洋の龍を思わせる角が生えていた。

「美咲さん危ない!」

熊谷さんが叫び、持っていた日本刀を振るう。亀の前脚の付け根の所から不気味な触手が伸びてきていたのだ。白崎さんめがけて伸びてきた触手を切り払う熊谷さん。その場で変身魔法を起動すると、白と青を基調とした和風の出で立ちのコスチュームが彼女を包んでいる。それを見て白崎さんも白・緑・桜の三色のコスチュームを纏う。魔法師が一般化した今日においてもなかなか見られない、魔法少女(年齢的に少女ではないが)のそろい踏みである。坂上も盃鬼へ変身し、3人とも変身するという珍しい光景が出現した。

巨大な亀の甲羅からピンク色の煙がモワモワと立ち込める。毒や放射能ではないことを確かめ、亀へと突撃していく3人だったが―

「~~~~~~っ!?」

突然、熊谷さんは身体の疼きを感じて倒れこんだ。全身に火照りを感じ、意識が朦朧としながら周囲を見渡す。白崎さんも同じように顔を赤らめ、股の部分を抑えて突っ伏している。坂上だけが何が起きているのかわからずキョトンとしていた。

同じ頃、新宿支署。本庁から不気味な亀についての解析結果を電話で知らされた私は、思わず受話器を取り落してしまった。

「どうした島やん?」

米長コマンダーの怪訝そうな顔。

「あの亀の化け物、女性の性器の感度を30倍にする煙を出すそうです。WP亀という仮称が先程本庁の方で付けられたとか。マズイですねえ…これは本格的にマズイ。実質坂上くん一人で戦うことになりかねません。コマンダー、私が出動してもよろしいでしょうか?」

「しょうがねえなあ…残存戦力は片っ端連れてけ。何としても熊谷と白崎を無事に連れ戻せよ」

なんだかんだ言って部下思いのコマンダーである。

「かしこまりました。豊さんは出撃の準備を。ホリくんは車を出す準備をしておいてください」

その頃、現場では一人まともに戦える状態の盃鬼が孤軍奮闘していた。女には性欲、男には殺意を示すWP亀が明確に殺意を持って放ってくる黒い火の玉を躱しながら、法螺貝から炎を放ち反撃する。盃鬼にとっては、1対1の闘いであればさほど問題のある相手ではない。しかし今は路上に倒れて身動きの取れない仲間二人を庇いながら戦わなければならないのだ。WP亀は機を見て二人の方へ触手を伸ばすので、盃鬼はその都度触手を切断していく。そしてピンク色の煙をこれ以上吸わせないために、煙に向かって青紫色の炎を噴き付けて燃やしていく。気の遠くなるような闘いである。

熊谷さんと白崎さんは既に変身状態を維持することも困難なほど消耗している。元の服装に戻ってしまった状態で、顔を紅潮させ息も荒い。迂闊に動けば衣擦れだけでイカされてしまうため、二人とも意識を保っているのが精いっぱいのようである。

(なんとか美咲さんだけでも逃がさなきゃ…でも彼女も無理に動かせない、坂上くんがいつまで持ち堪えてくれるか…)熊谷さんは薄れゆく意識の中でも後輩を救おうとしている。白崎さんの方も、どうにか熊谷さんに向けて治癒魔法を撃とうとしている。だが意識が遠のく一方で、とても呪文を練ることができる状態ではない。

私達を乗せた車が現場に着いたのは、盃鬼も足が止まり、もはや触手から二人を庇うことが難しくなったタイミングであった。

「させん!」

私はとりあえず短く叫ぶと、両腕をクロスさせて白く光る光線魔法で触手を焼いた。その横で豊之内は闘鬼に変身した直後、赤色と金色の炎のらせんを自分の周りに描き、それが解けた時、中から現れた闘鬼は姿が変わっていた。全体に分厚さを増した装甲は朱色と金色に彩られた派手なものになっていた。完全装甲態(フルアーマーフォーム)と呼ばれる、現役114人の戦鬼の中で闘鬼だけが扱える最終形態。これこそが闘鬼を現役最高の戦鬼たらしめているのだ。

私と豊之内が現場で連携して戦闘にあたるのは何年ぶりだろうか。私はカーボン製の杖を取り出した。腕から直接撃てるといっても、高出力の魔法や繊細な制御を要する魔法は杖を使った方が安定するからである。私は杖の先から赤黒い破壊魔法を放ち触手を一本ずつ除去してゆく。

「豊さん、あの亀の甲羅に穴を開けてください」

私がそういうと、闘鬼は両手に持った音撃棒を虚空へ向けて振る。すると10メートル以上は離れていたにもかかわらず、亀の甲羅が罅割れていく。闘鬼は打撃攻撃が専門であり、飛び道具は使えない。それを補うのがこの技であった。豊之内曰く「空気を殴って衝撃を伝導させる」らしい。闘鬼以外に使い手のいない大技である。

罅の入った甲羅に、闘鬼はさらに2発、3発と衝撃波を叩きこんで行く。次第に穴が拡がっていき、WP亀の内部がハッキリ見えるようになった。そこへ私が白色光線を叩きこむと、WP亀が爆発四散した。

熊谷さんと白崎さんは無事だったもののだいぶ体力を消耗している。本庁から取り寄せた血清を注射し、車に乗せるとそれまでの疲れが噴出したのか二人で肩を寄せ合って熟睡していた。

「修学旅行帰りのバスみたいだな」

熟睡する二人を見ての豊之内の感想であった。

「この様子では報告書は出してもらえそうにないですね…」

私は苦笑して答えた。坂上だけはあれほどの激戦をこなしたにもかかわらずピンピンしていた。

「いや~今回ばかりは負けたらどうしようとおもいましたね」

という言葉とは裏腹に車内でビールを開ける坂上であった。そんなこんなで実調は無事終了し、私達一行は新宿支署への帰路に就いたのであった。

(つづく)