第11話

熊谷さん・宮前さん・白崎さんが報告書をすっぽかし、私が報告書を作らされる事件があってから数日が経過した。中間管理職に就いてから数年、私自身報告書の作成能力には自信があったが、流石に3人分となると楽には終わらない。それでも無事に3人分の報告書を作り上げ、米長コマンダーから署長印をもらって一件落着と相成った私は、デスクに座ってコーヒーを飲みながら朝会の時間を待っていた。

「おはようございます。島畑係長、先日は報告書を提出し忘れちゃってすみませんでした><」

白崎さんが出勤してきた。正確には私は係長ではなく統括係長だが、まあ誤差レベルなので指摘することでもないだろう。報告書は人事評価にも使うので次からは気を付けてください、とだけ釘を刺しておいた。

「おはようございま~す。あ、美咲ちゃんお尻にガムが付いてるわよ」

珍しく早い時間に登庁した宮前さんが指摘する。

「え?ええっ?あ、ホントだぁ…」

指摘された白崎さん、どうにかスカートの後ろ側を確認しようとお尻をあっちへ振りこっちへ振りしている。私は目を背けるべきか否か判断がつかないまま、お尻をフリフリする白崎さんを眺めていた。どうやら通勤中に地下鉄の座席にガムが落ちていたらしく、ガムは白崎さんのスカートに張り付いている。仕方がないのでスカートは宿直室(夜間出動の際に職員が寝泊まりする場所)の洗濯機に放り込まれ、彼女は一日ジャージで過ごすことを余儀なくされた。

「大丈夫よ白崎ちゃん、ジャージ姿も可愛いですよ」

フォローになっているのかなっていないのか分からない言葉をスギウラさんが投げかける。彼女もだいぶ日本の暮らしに慣れてきたらしく、日本語の訛りも抜けてきている。尤も他の女性の胸や尻を触りまくる癖は抜けていないようで、隣では熊谷さんが尻を触られて感情を失くしている。熊谷さんは先日の戦闘でイカくさい汁を大量に浴びせられてしまい、髪の毛の先の方は特に酷かったのでバッサリ切ってしまった。今は肩のあたりまでの長さになっている。

「じゃあ、ぼちぼち朝会始めますよ。皆さん着席してください。今日は米長コマンダーから珍しくお話があるそうです。それではコマンダー、お願いします」

私に促され、米長コマンダーが話し始める。

「やあやあ皆おはよう。実は本部の方から通達があってよお、魔法師全員に変身魔法を覚えさせろってさ。嫌んなっちゃうねまったく。ウチの所属魔法師で今変身使えんの白崎だけだから他の全員。スギウラ・熊谷・宮前・島村・神木田には早速講習を受けてもらう。講師は手配してないから白崎の変身魔法を見て覚えてくれ。以上」

なんとも無茶苦茶な話である。とはいえ、本庁の考えもわからなくはない。昨年度、実調中の事故で前線勤務が不可能になった魔法師は全国で300人を超えていた。幸いにして殉職者は出ていないが、大怪我をした魔法師の事故のうち、変身魔法さえ使えていれば重症化を防げた事故は全体の4割にのぼる。即ち120人以上が変身魔法を使えないために戦列復帰できない程の怪我をしたということだ。そりゃ変身魔法を義務付けたくもなるだろう。

「新城係長は参加されないんですか?」

恐る恐るといった体で質問したのは島村さんだった。実をいうと、新城は魔法師ではない。主に女性が多い魔法師と男性の多いウィザードだが、その逆も全くいないわけではなく、ごく少数ながら男性の魔法師もいる。同様に女性のウィザード(一般的にウィッチと呼ばれる)も少数ながら存在し、新城はこれに該当するのである。ウィザード(ウィッチ)と魔法師では魔法の呪文系統が全く違うので、そもそも変身という発想がないのである。

早速、庁舎の中庭で臨時の変身魔法講座が始まった。白崎さんはかなり緊張しているようだが、熊谷さんと宮前さんに「私達も美咲ちゃんと一緒に変身できるようになりたい」と励まされて覚悟を決めた様子だった。

「変身魔法のコツは2つです。一つは自分の変身後の姿を最初から想像して呪文を唱えること。もう一つは失敗した時のことを考えず、出来て当然だと思うことです。皆さん早速やってみてください」

白崎さんはそう言うと、デモンストレーションの為に変身呪文を唱えて見せた。白・緑と淡い桜色の明るい色合いの衣装が可愛らしい。他の面々も一斉に変身魔法を唱えてみるものの、中々上手くいかないようだ。それでも、やはり若くて才能ある魔法師たちである。一人一人進捗に差はあるものの、皆徐々に魔法少女風のコスチュームが形作られてゆく。その間に白崎さんのガムの付いたスカートが洗い上がったので、坂上がアイロンをかけていた。

練習風景を見ながら、私と豊之内、秋山そして坂上は酒を飲んでいる。豊之内と坂上は、自分たちが戦鬼になった時の変身訓練を思い出したらしい。二人にコツを聞いてみると、豊之内は「変身後の自分の動きをイメージしてから変身する」、坂上は「変身は生理現象の一種だと思って変身する」とのことで、白崎さんの言っていたコツとよく似ていた。私もこの二人の言うことはよくわかる。ウィザードは自分に適正のある系統魔法が決まっていないので、ある程度その場にあるマナの量から逆算して魔法を撃つことが多い。そのとき絶対に禁物なのが「失敗した時のことを考える」ことなのである。出来て当たり前という意識。これはどの異能者にとっても必須のようだ。

その時、中庭から歓声が上がった。何事かと見てみると、熊谷さんが変身に成功したところであった。私も一瞬、見とれてしまうような美しい姿であった。和装をベースにした、やや控えめなコスチュームは白~水色のグラデーションがかかっており、山吹色の帯が柔和な印象をもたらしている。熊谷さん自身も、元々漆黒に近かった髪は薄墨を流したような青みがかった黒髪になり、目は透明感のある空色に変化していた。

「熊谷先輩すごいです!綺麗!」

嬉しそうな白崎さん。

「お~やれば出来るんじゃん。皆この調子で訓練続けてくから頑張ってくれい」

いつの間にか中庭に降りてきていた米長コマンダーであった。他の4人もある程度は片鱗が見え隠れしているので、このまま順調にいけば我が新宿支署でも遠からず魔法少女チームが組めるようになるかもしれない。少女といって良い年齢かといわれる微妙な所ではあるが。

(つづく)