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第10話

白崎さんが熊谷さんの指導下に入って1週間ばかりが経過した。魔法の技術指導は一進一退といったところのようで、徐々に出力の安定感は増してきているが技のバリエーションはまだまだこれから、といった状況のようだ。それはともかく、師弟関係になった熊谷さんと白崎さんの仲が最近なんだか接近しすぎている気がしないでもない。歳が近いので当然といえば当然なのだろうが、最近は出勤からアフター5の食事までずっと二人一緒にいるらしかった。

私が登庁してくると、熊谷さんと白崎さんが楽しそうに談笑している。その時、物陰からそれを遠慮がちに二人を見つめる宮前さんの存在に私は気づいた。会話に入りたいが中々きっかけが掴めないのだろうか?

「あれ宮前さんどうしたの?もしかして白崎さんに嫉妬?」

などと余計なことを言った豊之内は、宮前さんのモバイル端末から放たれた雷でアフロヘアになっていた。

「えーでは今日の朝会を始めます。今日の実調は熊谷さん宮前さん、場所は中野坂上です。今回は白崎さんも見学のために同行してもらいます」

3人一緒に行動すれば、人見知りな宮前さんも白崎さんと打ち解けるかもしれない。私はそう考えて実調をこの3人に任せることにした。今回の調査対象は大して厄介な相手でもないので、ちょうどいい機会だろう。今回の現場は予備校の敷地内なので、3人は思い思いに高校生風の服装に着替えて出発していった。女子高生デーに便乗するための制服も、たまには仕事の役に立つのである。

標的はすぐに見つかった。墨を吐いて暴れる烏賊種怪人。見つからない方がどうかしている。

「さっさと片付けてしまいましょう。生徒さん達を巻き込んでしまうと危険です」

熊谷さんは冷静にそう言い放つと刀を抜いた。そのまま刀身に冷凍魔法を纏わせて突進していく。宮前さんもモバイル端末に呪文を投げ込み、電磁波を放った。だが次の瞬間、全く予想だにしなかった事態が発生した。

「ひゃんっ!?」

悲鳴とも奇声ともつかない声を上げて地面に倒れこむ熊谷さん。二人の距離感が狂っていたのか、宮前さんの放った電磁波が熊谷さんを掠めたのである。

「あ、ごめんなさい」

動揺する宮前さん。中高生の頃から長い間コンビを組んできた二人。未遂とはいえ同士討ちをしてしまったショックは大きいだろう。烏賊種怪人はここが好機と見たのか、触腕を伸ばして熊谷さんを絡め取った。

「うっ…コイツ…放せこのっ…くっ…」

どうにか触腕を振りほどこうともがく熊谷さん。だが烏賊種怪人も必死だ。熊谷さんがもがけばもがくほど触腕は強く絡みついていく。宮前さんも打つ手がなく途方にくれている。熊谷さんが白崎さんのように変身魔法を使えていれば、熊谷さんもろとも雷撃するという選択肢もあるのだが…

「宮前先輩どうしましょう…島畑係長か豊之内係長を呼びますか?」

後ろから心配そうに声をかけたのは、変身したものの戦闘に参加させてもらえず後ろで待機していた白崎さんだった。宮前さんは逡巡している。島畑統括係長や豊之内係長ならこの状況を解決出来ることに疑いはない。だが小滝橋から中野坂上まで呼び出していて間に合うのか?救援が来る前に熊谷さんに何かあったらどうするのか?そうしている間にも熊谷さんを締め付ける触腕はどんどん烏賊種怪人の方へ熊谷さんを引き寄せている。

「そんな時間はないわ。白崎さん、あなたも協力してちょうだい」

意を決したような宮前さんの返答に、白崎さんは一瞬驚いたようだった。

「白崎さん、いや美咲ちゃん。貴方の技の中に花びらをばら撒く魔法があったでしょ?あれでアイツの周りに花びらを出来るだけたくさんばら撒いてちょうだい」

宮前さんにそう言われ、白崎さんはありったけの力を振り絞って花びらを虚空に舞わせる。烏賊種怪人は警戒したように花びらを撃ち落としていくが、花びら程度に墨を使うまでもないと思っているのか潮水を噴き付けている。数秒のうちに、烏賊種怪人の周囲には潮水の霧雨が舞う状況が作り出されていた。

「好機!」

宮前さんはそう叫ぶと、烏賊種怪人の真上にあった花びら―撃墜されずに残っていた最後の1枚をめがけて雷を放った。雷は周囲の潮水を介して烏賊種怪人に効率良く流入していく。触腕に付いている吸盤が絶縁体の役割を果たしているため、熊谷さんには電流が届いていないようだ。ほどなくして勝負は決し、後にはイカ焼きが残った。電熱で焼いたイカ焼きが。

「ありがとう宮前さん。今度こそ本当にヤバいと思いましたわ」

身体についたイカ臭い粘液を拭き取りながら、熊谷さんがほほ笑む。

「お礼なら私じゃなくて美咲ちゃんに言ってよ」

照れくさそうな宮前さん。後ろにいる白崎さんも赤面していた。

こうして実調を無事に乗り切って庁舎に戻ってきた3人は、行きがけとは明らかに違う仲良しオーラが出ていた。この後お茶でもどうですか?いいですね、などと和気藹々と話しながら、3人は庁舎から退勤していく。朝会った時は2人組と1人だったが、今は確かに3人組になっている。めでたしめでたし―

「あ、そうだ。あの3人報告書出さずに帰っちゃったからさ、島やん代わりに報告書の作成任せたよ」

米長コマンダーの無慈悲過ぎる一言。

「えぇ…」

訂正。熊谷さん・宮前さんと白崎さん。3人の絆は難敵との闘いを通じて深まり、人見知りな宮前さんには得難い友人が増えた。白崎さんも実戦を通じて魔法の使い方を一つ身に着けた。私以外はめでたしめでたし。私以外は。

(つづく)