読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

第9話

SSのような何か

人事異動が一段落し、書類の提出や要員配置が完了する頃には梅雨入りからだいぶ日が経ち、もう梅雨明けは時間の問題という時期まできていた。今年は空梅雨と言っても差し支えないレベルに降雨量が少なく、梅雨なんだか真夏なんだか区別の付かない日々が続いている。

話し合いの末、ホリは秋山係長指揮下の3係に配属されることになった。秋山はどういうわけだか部下運に恵まれないらしく、前の立川支署では部下が署長への不満を理由に全員辞めてしまったらしい。今回も3係着任当初は隊員が一人もおらず(これは本人の責任ではなく、異動直前に残っていた隊員が依願退職したためである)、本人も「永遠の部下0人」などと自虐的に言っていた。ともかくホリと島村さんという二人の部下が入り、秋山の部下0人には終止符が打たれた。

翌朝の朝会、これまで空席が目立った事務所のデスクも4人が加入したことでだいぶ見栄えが良くなった。米長コマンダーもご満悦のご様子である。

「昨日は色々あって私は不在だったので、今日から新入庁した皆さんの実習を始めたいと思います。ホリくんはウルトラ警備隊での活動経験があるので、一応ここの庁に関する法律だけ確認しておいてください。今日は白崎さんに実習してもらいます」

私は3人に新人の内、白崎さんを最初の実習者に指名した。というのも、私は今まで草系統の魔法をあまり見たことがなかったので気になっていたのである。指名された白崎さんは緊張した面持ちになっている。

庁舎の屋上。この日は実調がなく皆ヒマだったので、新人のお手並みを一目見ようと集まっていた。私はリソース非消費型の魔法については基本的に門外漢なので、熊谷さんに指導役を任せることにした。熊谷さんと白崎さんなら歳も1つくらいしか違わないので、白崎さんも多少は気が楽だろう。少なくとも、私や豊之内のようなコワモテ中年に指導されるよりはマシに決まっている。

「それではよろしくお願いします。美咲さんはどのような魔法を使うんですか?」

柔和な笑顔を浮かべたまま話しかける熊谷さん。下の名前で呼びかけて緊張をほぐしにかかるとは気配りの出来る先輩である。

「変身魔法が使えます。でも具体的な技はまだ何もありません」

「変身魔法だって!」「え~いいなあ」「私もカード集めとかジュエルシード集めしたかったな~」「ヒラヒラの衣装とか憧れるよね」

白崎さんの答えを聞いて湧き立つ女性陣。やはり魔法・魔術の道に進む女性はヒラヒラ・フリフリの衣装を着て空を飛ぶ変身ヒロインに憧れるものらしい。私は男なのでその心理は今一つ理解できないものがある。思いの外注目を集める形になった白崎さんは若干赤面していた。

「では早速ですけど、美咲さんの変身を見せてください。魔術伝導具は杖ですか?」

熊谷さんが声をかける。魔術伝導具というのは要するに魔法使いの杖のことである。呪文を編み上げて発生した魔法を外部へ射出するための、避雷針の逆の役割を果たすものであり、細長く魔術伝導性に優れたものであれば杖である必要はない。例えば熊谷さんは刀、宮前さんはモバイル端末、新城係長は鉄扇、米長コマンダーは十手を使用している。正統派の木製の短杖を使っているのはスギウラさんくらいだろうか。私はカーボン杖を使用することもあるが、身体を鍛えまくった結果両腕を上半身の前で十字に組むことで直接魔法を射出できるようになってしまった。

「はい、一応私は杖を使っています」

白崎さんはそう言うと懐から長さ30センチくらいの短杖を取り出した。木製の、とてもオーソドックスなものだ。白崎さんがそれを頭上に持っていって一振りすると、彼女の周りを白い光が包み込む。15秒ほどで光の梱包が解けると、白崎さんの容姿が変化していた。茶髪と金髪の中間くらいのセミロングだった髪はアニメでしか見ないような若草色の長髪になり、瞳の色もアイスグリーンへ変化している。さっきまではどこにでもいる女子大生のようだった服装も、白と緑、そして桜色を基調としたフリフリのコスチュームになっている。

「え、すごい可愛い…美咲さんすごいずるい」

呆気にとられた様子でつぶやく熊谷さん。

「なるほど桜の色ですか。たしかに草系統を感じますね」

私は思わず納得してしまった。

「では折角ですので、その状態で何か魔法を使ってみてください」

「は、はいっ!」

私の指示を受けて白崎さんが呪文を唱えると、桜の花びらのような桃の花びらのような、とにかく薄紅色の花びらが数枚はらはらと落ちてきて―地面につく前に風に舞ってどこかへ行ってしまった。

「それだけ?」

私は拍子抜けした体で質問する。まあ初心者ならこんなものだろう。

「はい…すみません」

恥かしそうに顔を赤らめる白崎さん。別に謝る必要も恥じ入る必要もないのだが、もしかすると私の聞き方が呆れているように聞こえたのかもしれない。

「研修報告書 白崎

魔法の実技研修を行いました。まだ魔法の練り方や呪文の組み立て方についてわからない部分が多く、ご期待に沿えずに申し訳ありません。これから積極的に学んで、新宿支署の一員として恥ずかしくない魔法師になりたいと思います」

報告書を受け取った私は、この時期なら出来なくて当たり前であるということ、それを恥じる必要はないということを説明した。彼女は年齢でいうと熊谷・宮前コンビの1つ下、坂上と同い年であるが、幼少期から一線で活躍してきた熊谷さんや天才・坂上が異常なのであって白崎さんが負い目を感じる必要はないのである。

「ところで、あなたの指導担当は熊谷さんに正式決定しました。変身魔法を使えるのは全ての女性魔法使いの憧れだそうですので、是非頑張って一人前になってください」

と、男の私が言っても仕方ないのだが。

「失礼します。美咲さん、これからアイスクリーム屋に行きますよ。今日は女子高生デーなのでトッピングがサービスだそうです。さあこれに着替えて」

入室してきた熊谷さんは自分が着ている女子高生の制服(純白のブラウスに濃紺のチェックスカート、それに淡い水色のベストと茶色のローファー靴)と同じもの一式を白崎さんに渡した。相変わらず服装さえ整えてしまえば高校生にしか見えない。もちろん統括係長の奢りですよ、と私を財布として連れて行く気満々である。私としても若い女性に囲まれてアイスクリーム屋に行くのは吝かではない。

「はい!よろしくお願いします熊谷先輩!」

白崎さんは今日一番の笑顔で答えると、熊谷さんから受け取った制服に着替え始めた。私は素早く部屋から転がり出て、彼女が着替え終わるまで待たされるのであった。

(つづく)