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第8話

週末は社会人にとって特別なものであり、我々も例外ではない。豊之内や神楽坂、秋山と高田馬場で飲んで帰宅した私は、翌日が休日ということで爆睡していた。緊急招集がかかったのは、ちょうど布団から抜け出して新聞を読みながら朝食の準備をしていた午前9時半頃であった。

「管内にてワームホール発生の兆候あり」

招集事由を確認した私は思わず1メートルばかり垂直に飛び上がり―天井から吊るされた電灯に頭をぶつけた。

平行に存在する異世界へのアクセスゲートであるワームホールの発生は、それ自体は取り立てて珍しい現象とは言えない。少なくとも私が科特隊に身を置いた13年前からの記録を見ると、年に数回は発生しているのである。大抵は直径数センチ~数十センチの穴であり、ワームホールを通って姿を現すものはと言えば枯れ葉や虫の死骸といった自然ゴミであったり、バケツやトイレットペーパーの芯といった取るに足らない人工物がほとんどである。とは言え稀に大規模な穴が発生する事例はあり、過去には全長20メートルを超す巨大怪獣が招来されてしまった前例もある。今回はわざわざ緊急招集がかかったということは、かなり大きな穴なのだろう。

大急ぎで新宿庁舎に駆けつけると、他の署員も順次集まっているところだった。熊谷さんは女子高校生のような白いブラウスに淡い水色のベスト、濃紺のチェックスカートを纏い、宮前さんは白地に明るいグリーンのセーラー服を着ていた。どうやら近所のカフェの女子高生デーに行っていたようだ。考えてみれば二人とも高校卒業から数年しか経っておらず、服装をいじれば十分女子高生に見える。新任早々とんでもない招集に遭った3人―島村さん、神木田さん、白崎さんはとても不安げな表情をしている。

しばらくして米長コマンダーが姿を現し、事態を説明し始めた。

「久しぶりにでけえ穴が開きそうなんだってよ。本庁の見立てじゃ20メートル超の大穴だそうだ。場所は新宿駅の真上。ったくよりによってクソ面倒くせえ所に開けやがってよお、まあ避難誘導は警察がやってくれてるけどね」

「では私と豊さんが現場に行きます。スギウラさんと洲本さんは敵が流出した場合に備えて西新宿方面に展開、熊谷さん・宮前さんと新城係長は市ヶ谷周辺に展開してください。秋山係長は天宮さんと坂上くんを連れて大久保に展開、新人の3人は本部で待機していてください」

私は即席で配置を決めた。現場に二人というのは少ないように見えるが、大抵何も出てこないので必要以上の人員は割かないのが鉄則である。本当にヤバい奴が出てきたら、私と豊之内くらいしか歯が立たないのでどっちみち他の人員を連れていくメリットは薄いのである。

現場に着くと、既に警察が部隊展開を終えていた。指揮官と挨拶を交わし、ロープをくぐって中へ入っていく。内部には警察のパワードスーツ部隊が待機していた。G5X3と呼ばれる、最新鋭・最高性能のものだ。G3システムとその派生形、及び黒歴史(ドキュメント・フォビドゥン)とされたG4システムが開発されてから15年。警察におけるパワードスーツ開発は、科特庁との技術交流、また民間技術者の流入もあって飛躍的に進歩していた。その中で第5世代機G5の開発は、とにかく戦闘性能を最重要視しコスト度外視で製造されるG5Xタイプと、コストパフォーマンスを追及し災害救助用に量産されるG5Mタイプに二極化していた。今回は事が事なので、当然Xタイプの出番である。

その後方には自衛隊も陣取っている。怪獣の出現も有り得るので、特生自衛隊が神経断裂弾頭を搭載したミサイル発射装置や、レーザー戦車を展開していた。過去の巨大怪獣襲来の際には、この特生自衛隊のおかげで我が国は被害を免れたと言っても過言ではないだろう。

豊之内と警察の指揮官、それに自衛隊の隊長を交えて話し込んでいると、徐々に虚空に罅が入り始めるのが見えた。しばらくすると、空に黒い小さな点が現れたように見え、それが次第に大きく膨らんでいく。やがて点だったものはハッキリと「穴」として認識できる状態になり、ワームホールが誕生した。

「デカいな…」

隣で眺めていた自衛隊の隊長がおもわず唸った。私の位置から目視できる限りで、穴の直径は少なくとも25メートルは超えていた。少なくとも、2010年代に入ってから我が国で観測されたワームホールとしては最大であろう。

「あっ!何か出てきますよ」

警察の指揮官が叫ぶ。次の瞬間、ワームホールから姿を現したのは銀色の大きな塊であった。それは誰の目にも航空機に見える形状をしていた。流線形の胴体に、大きな2枚の後退翼。そして三角形の垂直尾翼。しかし若干古い機種のように見えた。少なくとも現在自衛隊で運用されている航空機よりも2世代は古いだろう。私にはこの航空機に心当たりがあった。我々の所属する科特庁の前身、科学特捜隊で運用されていたジェット機『ビートル』にこの機体は酷似しているのだ。だがビートルには科特隊を表すオレンジ色の流星が描かれていたのに対し、これには地球をあしらった赤い矢印が描かれているのである。

機体はフラフラと私達の目前に停止した。私は中に人がいることに気がつき、降りてくるよう身振り手振りで示した。中から降りてきたのは、年齢20代前半くらい、身長180センチ前後の東洋人の男性だった。ひとまず敵意が無いことを示すため、私は警察に銃の構えを解くよう促した。

「お怪我はありませんか。差し支えなければお名前を教えていただきたいのですが」

どうせ通じねえだろうと思いながらも、私はひとまず日本語で話しかける。

ウルトラ警備隊、岩国航空隊所属、ホリ・ダイゴと申します。怪我はないです。お気遣い感謝いたします」

異世界から来たはずの青年が普通に日本語で返事を寄越したので、私は内心腰が抜けるほど驚いた。まあパラレルワールドの地球というのは普通に存在しているので、パラレルワールドの日本から人が来るという事態も決して有り得ない話ではないだろう。そう解釈すれば、ビートルのロゴが違うのも合点がいく。

「こんな所で立ち話もなんですから、我々の施設にご案内しましょう。それと航空機の方は我々にお任せください。もしかしたら本庁にパーツが残っているかもしれません」

私の提案に、ホリと名乗った青年はしばらく思案していたが、どうやら自分が平行世界へ移動してしまったという状況を把握したらしく、新宿支署へ同行することになった。

庁舎に戻った私は、早速米長コマンダーと本庁から駆け付けた神楽坂を交えてホリ青年への聞き取りを開始した。ホリ氏はかなり学のある人物であるらしく、自分のいた世界のことを端的に、しかし分かり易く説明し始めた。ホリ氏のいた地球の歴史は、要約すると以下のとおりである。

1930年代、突如『怪獣』と呼ばれる巨大生物が頻繁に出現するようになった。怪獣出現の衝撃は大きく、多くの国々の間で「怪獣の襲来がおさまるまで」という条件付きで和平条約が結ばれていった。最初の怪獣出現から10年ばかりの間に、北大西洋軍事条約機構、ワルシャワ共同防衛機構、環太平洋安保機構などが結成され、協力して怪獣との闘いにあたっていった。日本では鈴木貫太郎海軍元帥・畑俊六陸軍元帥の下軍部の統合が進み、1955年に「特別保安隊」として再編、1970年に「ウルトラ警備隊」へと改称している。また1974年に日本で開発された『七四式機龍』が怪獣退治の切り札となり、環太平洋部では怪獣との闘いは人類側が有利に進めている。現在は欧州諸国では二足歩行の戦闘ロボット『イェーガー』の普及が進み、日本やアメリカ、オーストラリアではより大型で高性能な機龍が運用されている。中でも我が国だけに配備されている『三式機龍』は、あらゆる怪獣を倒す切り札となっている。

「と、まあそんな感じです。私は飛行機で哨戒中に変な穴に吸い込まれ、気が付いたら警官に飛行機ごと囲まれていたというわけです」

話し終えたホリ氏は、私が出前で取り寄せた油そばをズルズルとすすっている。

「なるほど大変参考になりました。ご協力ありがとうございました。ところで―」

お礼の言葉を述べてから、私はふと気になって問いかけた。

「ホリさんはこれからどう身を振るおつもりですか?ワームホールは一方通行、元の世界に戻る方法は今のところありませんが」

ホリ氏はしばらく悩んでいるように見えたが、やがて意を決したように口を開いた。

「できればここに置いていただけませんか?ここは人外の厄介な連中から市民を守る仕事をしていると伺いました。であれば、志は我々ウルトラ警備隊の同じです。それに私は、ちょっとした超能力くらいなら使うこともできます。きっとお役に立てると思うんですけど」

私が神楽坂に目配せすると、神楽坂は「どうぞご自由に」と言いたげに首を縦に振ったので、ホリ氏あらためホリ・ダイゴ隊員は科特庁新宿庁舎の新たなメンバーとなることが決定した。私は人手不足が軽減されたことを喜ぶと同時に、種々の報告書を作る必要性を思い返して頭を抱えた。

(つづく)