第7話

夏の暑さでワイシャツの下のTシャツとスラックスの下のパンツをびしょ濡れにしながらも、いつもどおり登庁した私はエレベーターの前で米長コマンダーに呼び止められた。

「あ、そうだ島やん。今日は新採候補者の面接するからな。まあ人手不足だからどうせ全員採用するけどさあ、一応履歴書のコピー渡しとくから目を通しといてくれ」

紙束を投げて渡すコマンダー

「ああ、そういえば今年から前倒し採用OKになったんでしたっけ」

それを受け取りながら私は今年の募集要項の中身を思い出していた。

「今までのシステムが鈍重過ぎたんだよな。この時期に内定出すくせに職場に入れるのは4月から、しかも10月までは試用期間でロクに実戦に使えねえんだもんな。やってらんねえよ」

などと不平をこぼしながら米長コマンダーは署長室に戻っていった。

コマンダーの言葉通り、今年の新宿支署は人手不足に悩まされていた。神楽坂と上村という旧米長隊からの生き残りを異動で引き抜かれ、人望の厚かった4係長が定年退職したことに加え、若手も一人が実調中の負傷で内勤に異動、一人がミュージシャンになると言って退職、一人がパチプロになると言って退職し6人が去ったのに対し、補充されたのは立川支署から秋山係長が来ただけである。そういう意味では前倒し採用は非常にありがたい。何しろ明日から働かせることも可能である。尤も実調は4月まで任せられないのだが。

「お、それ今日の面接受験生?いいねえ全部女の子じゃん。最高って感じ」

履歴書を覗き込みながら言い放つ豊之内。今日の面接は私とコマンダー、そして豊之内の3人が面接官を務めることになっている。

「魔法師はどうしても女性に偏りますからねえ。男性の魔術師―ウィザードはそれこそ絶滅危惧種でしょう」

魔法使いは大別すると2種類いる。科特庁では便宜的に「外部リソース消費型」と「外部リソース非消費型」と称しており、前者を魔術師、後者を魔法師と称している。新宿支署でいえば私と米長コマンダーは前者、熊谷さん宮前さんやスギウラさんは後者に該当する。前者は自然界に存在するリソース=マナを魔法に変換するのに対し、後者は自分の内にある何かを消費する。何を消費するかは一人ひとり異なるそうだ。そして魔法師の方が魔術コードが複雑なため、女性に比べて体内の水分含有率の低い男性は実戦レベルまで到達するのが難しい。一方魔術師の方は脳の構造上男性の方が有利であるが、そもそも絶対数が少ない。必然的に、魔法を使う業務に携わる職員は女性が多くなるのことが多いのである。

「新しい戦鬼でもきてくれればいいんですがね」

私は冗談めかして言ったが、これは実現性はかなり低いだろう。科特庁の傘下団体となった猛子が刊行している「戦鬼年鑑」によると、現役の戦鬼は108人しかいないということである。支署の数を考えれば、現状の2人体制だってかなり贅沢である。ましてや新宿支署の2人は実績・実力とも現役最高の戦鬼と謳われるトウキと、若手ナンバーワンの有望株サカヅキである。これ以上を望むのは強欲が過ぎるだろう。

昼過ぎ。普段は使われていない会議室に、即席の面接会場が出来上がっていた。長机の中央に米長コマンダー、左に私、右に豊之内がそれぞれ座り、受験者用の椅子と向かい合っている。今回は基本的に落とす意思のほぼない面接であるため、3人とも内心かなりだらけている。豊之内はレンタルビデオ店のサイトを見ているし、私は今夜どこの店に飲みに行くかを考えている。その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「入って、どうぞ」米長コマンダーの適当すぎる言葉で試験が始まった。

「失礼します」

やや緊張したような挨拶のあと、女の子が3人、入室してきた。私に促され、こちらから見て右の椅子に座った1人目はやや茶色がかった黒髪ふわ毛の真面目そうな女性。真ん中に座った2人目は小柄でくせっ毛の女性。左の椅子に座った3人目は茶髪と金髪の中間くらいの髪色の眼鏡をかけた女性だ。

「それじゃ名前を教えてください。私から見て右の方からどうぞ」

私は形式通りに名乗りを促す。

「はい。受験番号334番、島村瞳です。得意な魔法は水系統です。よろしくお願いします」

一人目の女性が名乗った。

「受験番号555番、神木田詩々美です。得意な魔法は炎系統です。よろしくお願いします」

二人目の女性が名乗った。

「受験番号810番、白崎美咲です。得意な魔法は草系統です。よろしくお願いします」

三人目の女性が名乗った。

「えーそれではまず新宿支署を志望した理由を聞かせてください。そこで私が「でもそれなら他でもいいんじゃないの?」と言いますから、さらに何か一言。はい白崎さん早かった」

私の面接がやりたいのか大喜利がやりたいのかよくわからない質問に、最初に手を挙げたのは白崎さんだった。

「はい。私はこの近くの大学に通っていたので新宿支署を志望しました」

「でもそれなら他でもいいんじゃないの?」

「いえ、ここでは母校周辺での実調があります。私は学生時代に見た新宿支署の魔法師さんに憧れてここを志望しました」

淀みなく答える白崎さん。

「はい、合格です。豊之内くん、白崎さんに内定通知書を差し上げて。はい、次じゃあ島村さん」

「はい。私は母校の先輩がここに勤めていて、とても楽しい職場だと聞いてここを志望しました」

「でもそれなら他でもいいんじゃないの?」

「う~んどうでしょうか…。でもがんばりますっ!」

元気よく誤魔化しにかかる島村さん。

「う~んまあいいでしょう合格です。ちなみにその先輩って熊谷さんだよね?豊之内くん、島村さんに内定通知書を差し上げて。はいじゃあ最後神木田さん」

「はい。私はこの新宿支署ではいち早く実戦の場に出していただけると伺ったのでここを志望しました」

「でもそれなら他でもいいんじゃないの?」

「いえ、他の支署に問い合わせたところ新宿以外は実戦に入れるのは来年の10月以降だと言われました。それに私は今アルバイトをしていますが、ここなら明日からでも採用してもらえると伺っていますので是非お願いします」

「はい合格です。豊之内くん、神木田さんに内定通知書を差し上げて。私からの質問は以上です」

質問を打ち切った私に続いて、米長コマンダーが口を開いた。

「3人とも明日から早速入庁してくれるということで、とても嬉しく思います。よろしくお願いします」

こうして適当すぎる面接試験は無事終了した。受験者が内定通知書を受け取り、誓約書にサインを済ませて帰ったあと、新宿支署の管理職が一堂に会して3人の配属先の割り振りを話し合った。米長コマンダー。私。1係の豊之内係長。2係の新城係長。3係の秋山係長。係長不在の4係は洲本さんが代理で出席した。協議の結果、島村さんは秋山係長の3係、神木田さんは新城係長の2係、白崎さんは洲本さんの率いる4係への配属がそれぞれ決まった。これで我が新宿支署の人手不足も多少は緩和してくれることだろう。しかし出来ることなら、あと1人か2人は人員を確保しておきたい。私はそんなことを考えながら、さかえ通りの飲み屋街に歩を進めて行った。

(続く)