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第4話

SSのような何か

夏が迫ってくる5月の上旬。我々の勤務する新宿支署でもクールビズが解禁され、私は首元で汗を大量生産するネクタイの呪縛から解き放たれていた。

「おはようございます」

熊谷さんから挨拶を受ける。彼女の透き通った声を聞くと暑さを忘れられるので夏場はとてもありがたい。熊谷さんは白系で統一された服装で出勤している。綺麗な黒髪と相まって良家の令嬢のような雰囲気を出している。と、そこへスギウラさんが突っ込んできた。

「オハヨー熊谷さん今日も可愛いデスネー!乳首吸ってもいい?」などといいながら熊谷さんをいじくりまわしている。

「ヒィッ!やめて触らないで!」本気で嫌そうな熊谷さん、かわいい。スギウラさんも金髪美女で巨乳なので黙っていれば中々のものだが、いかんせん言動はエロ親父そのものである。そのイギリス式の激しいスキンシップに、宮前さんなどはロッカーに隠れて怯えているほどだ。

「あ~いいな~俺も熊谷さん触っちゃおうかな~」

などと言いながら大男が登庁してきた。190センチ以上ある長身に幅のある体躯の持ち主は係長の豊之内だ。歳は30代前半、確か私の一つ下だ。ちなみに係長と言っても勤続年数が長いだけで、別に指揮を執ったりすることはない。まあそれは統括係長である私も同様なのだが。

「豊さんやめなさい、あなたがやると立派なセクハラですから」

見かねた私が豊之内を止めに入る。

「え~でもこれで俺が美少女だったら百合じゃない?」支離滅裂なことを言い出す豊之内。そりゃアンタが実際に美少女だったらそうだけどね、と私もツッコミを入れるばかりであった。この豊之内という男、「俺が美少女だったら」だの「俺が科特庁の長官だったら」だのとよくわからない仮定で話を振るくせがあり、よく周囲を困惑させているのだ。

「…気を取り直して朝会を始めます。スギウラさん熊谷さんから離れて座りなさい。宮前さんロッカーから出てきてください」

「えー皆さんが質糟を殺s…駆除してくれたおかげで詰云の発生件数も減少傾向にあります。お疲れさまでした。さて、今回はちょっと厄介な相手です。豊之内係長に担当してもらいます」

指名された豊之内のめんどくさそうな顔。

「えっ何?質糟の次はパチンカスですかね?」豊之内の投げやりな質問。

「いえ、神田川に化け鯰が出たそうです。普段は出てこないんですが例年にない少雨で水量が減ってますからね。隠れられないんでしょう。放っておくとストレスで地震を発生させかねません」

「な~るほどね。で、化け鯰を倒しちゃえばいいんですか?新宿御苑でケツァルトルを倒したときみたいに」

「いいえ、化け鯰と呼ばれていますが一応神様ですからね。殺してしまうと祟られると思いますよ。今洲本さんに頼んで鯰の頭にのっける要石に祈祷をかけてもらってます。豊さんはそれを上手く化け鯰の頭にぶち込んでください」

「かしこまりっ!」言うが早いか、豊之内は洲本さんから要石を受け取ってそそくさと出て行った。

神田川三鷹市の公園にある池を水源とし、杉並・中野・新宿・豊島・文京・千代田・台東の各区を通り中央区墨田区の境界付近で隅田川に合流する。近年は水質の浄化が進み鯉や鮎が見られるようになったが、今もなお夏になるとドブの臭いが漂ってくるのは都心部の川の宿命か。元々我々の管轄する新宿区付近では川底が見えるほど浅い川だが、今年は水量が少なく泳いでいる鯉まではっきり見えていた。

肝心の化け鯰はすぐに見つかった。身体の上半分を水面から出してのたうち回っていたのだ。周りではスッポンやアリゲーターガーが迷惑そうにプカプカ浮かんでいる。

豊之内が腹太鼓をポンっと一つ鳴らすと、たちまち全身を薄紅色の炎が包んだ。中から姿を現した時には、『闘鬼/トウキ』の称号を持つ戦鬼へと姿を変えていた。

「さっさと終わらせよう」闘鬼はそう呟くと化け鯰に馬乗りになり、その頭に要石を載せると木刀のような何か(音撃棒の一種である)で要石を叩いてリズムを取りはじめた。最初はのたうち回っていた化け鯰だったが、豊之内改めトウキの奏でるゴキゲンなリズムが身体中を駆け巡るうちに次第に大人しくなっていった。

数分後、要石を打ち込まれた化け鯰は元の大きさの鯰(それでも1メートル強なので普通の鯰よりもデカい)になって神田川を泳ぎ去っていった。これにて一件落着である。

「あ~あ神田川って何でこんなにドブ臭えんだよ。身体中におうじゃねえかよ」変身を解除した豊之内はそういいながら神田川沿いの銭湯へ向かった。ちゃんと赤い手ぬぐいを首に巻いていたが、いかんせん夏なのでマフラーには見えなかった。

『調査報告書 担当:豊之内』

豊之内は表紙しかない報告書を持ってきた。私が問いただすと「今回は実調じゃないから」とのことであった。唖然とする私を後目に、豊之内は「あ、そういえば返却期限の迫ったアニメのDVDがあったな」などと言いながら庁舎を後にした。

(続く)