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第3話

東京・神楽坂。新宿区内では珍しいハイソな住宅街であり、古くから栄えてきた街である。私はその神楽坂で職務上の要件を済ませ、隣接する早稲田へと歩いて戻っていた。道中あまりにも蒸し暑かったので、私はアイスクリームでも買おうかとコンビニエンスストアへふらりと立ち寄った。

「おっ久しぶりじゃん。最近どう?」

聞き覚えのある声がしたので振り返ると神楽坂が立っていた。神楽坂庭夫―冗談のようだがこれは本名である。私とは学生時代に同期だった人物であり、現在は科特庁の本庁で監理部に勤務している。

「まぁぼちぼちといった所ですよ。監理部の方では何か変わったことは?」

「あるんだよなコレが。英国籍の魔法師が入管で魔法師であることを申告せずに入国しちゃってるんだよ」

科特庁の前身の魔法庁の時代から、魔法の使用が可能な外国人は入国管理局で申告することが義務付けられている。

「大事件じゃないですか。しかし英国は魔法使いの本場、英国人が日本の魔法使いに関するルールを知らないとは思えませんけどねえ」

イギリスでは昔、悪い魔法使いが国家の存亡に関わるレベルの叛乱を起こした過去があるので、魔法に関する取り締まりは世界一厳しいのである。当然、海外へ渡航する魔法使いにも出入国の際には厳格なチェックが行われている。ちなみに『魔法師』というのはわが国での官僚的な呼称であり、他の国でも日本の一般社会でも『魔法使い』という言葉の方が圧倒的に浸透している。

「まあ~色々と事情があるんでしょ。で、調査してるとどうも飯田橋近辺にいるみたいでね。こっちとしてもイギリスさんとモメるの嫌だからさ、現場で見つけても危害を加えないでね」

その言葉が神楽坂の個人的な意見なのか監理部の公式見解なのか私にはわからないが、現場としても魔法師同士の交戦は避けたいのが本音である。

翌朝。

「え~それでは朝会を始めます。坂上くん酒瓶はしまって。今日の案件は実調ではなく捜査です。牛込~飯田橋方面を宮前さん、四谷・市ヶ谷~飯田橋を洲本さん、早稲田・江戸川橋飯田橋を坂上くん、神楽坂周辺を熊谷さんに捜査してもらいます。私は常時電話に出られるようにしておくので何かあったら本部に連絡を入れてください」

洲本さんは癖のある黒髪と眠たそうな眼をした20代半ばくらいの女性で、陰陽師(テレビや漫画でお馴染みのアレ)である。私は陰陽師の能力についてはあまり詳しくないのだが、洲本さんはけっこう腕が立つのだと熊谷さんも太鼓判を押していた。

「今回みなさんに探してもらうのは英国人の魔法師、まあいわゆる魔女ってヤツです」

皆一様に怪訝そうな顔をする。私は前日に神楽坂から聞かされた話を繰り返した。

「というわけで皆さんよろしくお願いします」

私が言い終えるか終えないかの内に、皆思い思いに庁舎から飛び出していった。

最初に異変を察知したのは飯田橋近辺を捜査していた宮前さんだった。街行く女性達が、皆顔色が悪く疲弊した感じになっていることに彼女は気が付いた。

「この街の女性の皆さん、まるで妖怪詰云に襲われたような生気のなさですね…」

その直後、彼女の視界に見覚えのある異物が映り込んできた。ウ○コのようなオーラを放つ人型の化け物、妖怪詰云だ。顔の造形が異なっているので、どうやら以前に宮前さん達が倒したものとは別個体のようだった。

「熊谷さんの到着を待つべきでしょうか…」

宮前さんの現代魔法は支援や足止めに使う分には優れているが、反面攻撃力は高くないのだ。攻撃魔法に秀でた熊谷さんを待つべきか?しかしその間にも一般女性が襲われて巻き込まれる可能性も低くない。

逡巡する宮前さんの眼前で、突然詰云が桜色の炎を噴き上げて炎上した。坂上が到着したのではない。坂上の―サカヅキの攻撃を受けた者は青紫の炎を上げるのだ。それじゃ一体誰が―混乱する宮前さんに、歩み寄ってくる者があった。年恰好は宮前さんと同年代、金色の髪を肩のあたりまで伸ばした若い白人女性。

「あなたもウィッチね。今の化け物を作ったヤツを知らないかしら?」

「(…ウィッチ?)あの、あなたは?」恐る恐る聞き返す宮前さん。

「私?本国じゃ"M"なんて大層なコードネームがあったけど…別に名前を名乗るほどの者じゃないわ」

「化け物を作ったヤツというのは?何故入管申請を偽ったんですか?」

「入管は…本国で許可が降りなかったの。あの化け物が東京で作られてるのは間違いないのに。そんなものジャップにやらせとけって」

「でもアレを作ったヤツを見つけてどうするつもりなんです?」いつの間にか親身になって話を聞いている宮前さん。

「もちろん殺すのよ。あの化け物のせいで私の魔法学校時代の同級生が自殺したんだからね」

「でもどうやって見つけるつもりですか?」

「いえ、見つけようと思えば見つかりますよ」そう言って会話に割り込んできたのは、いつのまにか合流していた洲本さんだった。

洲本さんはさっきまで詰云だった灰の塊に御札を1枚落とすと、なにやら古語のようなものを唱え始める。すると光の筋が何条か浮かびあがる。洲本さん以外には全く意味のわからない象形文字にしか見えないものが。

「ああ分かりましたよ外人さん。コレが作られたのは下落合のあたりですね」

下落合は高田馬場から電車で1駅の距離である。神田川妙正寺川の合流点に近く、昔は洪水が発生することもあったそうだが、現在は治水が進んで平凡な住宅街になっている。その一角で、妖怪を悪用してマイナスエネルギーを備蓄してきた者がいた。質糟と呼ばれる、女の負の感情を好んで集める妖怪だ。

「そこまでよ、大人しくくたばりなさい」

イギリスから来た魔女―Mと名乗った女はそう言い放つと質糟に向かって火炎を放つ。だが質糟はそれをあざ笑うかのように回避して見せると、Mに向かって言い放った。

「お前…なかなか良いマイナスエネルギーを持っているな。食ってやるよ」

そう言いながらMに飛びかかる質糟。だが横からサカヅキの放った青紫の火炎に急襲され、醜悪な顔を歪めながら飛びすさる。

「Mさん…でしたっけ?事情はお察ししますが、ひとまずこの汚らわしいモノを退治するまでは協力してくださいませんか?」美しく透き通った声で熊谷さんが提案する。

「…どうやらそうするしかなさそうね」

これで形勢は5:1である。勝負は呆気なく終わった。宮前さんの放った拘束魔法に抑え込まれた質糟は詰云をけしかけて抵抗を試みたが、熊谷さんと洲本さんに次々と詰云を潰されていく。そしてMの桜色の火炎とサカヅキの青紫色の火炎の釣瓶撃ちを浴びせられた質糟はついに灰燼に帰し、戦いは終わった。

「結局あなたたちに助けられたわね…」Mは感謝半分、不甲斐なさ半分といった表情でそう言い残すと、監理部へ出頭するため去って行った。

また翌朝。

「え~それでは朝会を始めますが、今日は米長コマンダーからお知らせがあるそうですよ?」

「やあやあ諸君、唐突だがウチの署に転勤してきた人がいるので紹介するゾ」

米長コマンダーに促されて入室してきたのは―金色の髪を肩のあたりまで伸ばした、若い白人女性だった。

「皆さんはじめまして。今日からこちらの配属になりました、M改めスギウラ・リョウコです。ウラウラって呼んでね☆」

「…わが国の規定では国家公務員は日本国籍保有者しかなれないはずですが?あなた英国籍でしたよね?」私は平静を装ってツッコミを入れる。

「ノープロブレムですよ。昨日ミスター・カグラザカに頼んで戸籍を作ってもらいました。今日から日本人になったスギウラ・リョウコです☆」

「神楽坂ァ!」

私に出来ることは頭を抱えることと、旧友の名を思い切り叫ぶことだけであった。

(続く)